Opinion : 幹部にこそ思索のためのゆとりを (2021/7/26)
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先日、オンラインで講演のようなことをする機会があったときに、「自衛隊では、普段の仕事がとにかく忙しい」という話を伺った。以前から「紙で動く自衛隊」といわれるぐらいで、ことに幹部は書類仕事が多くて大変、とは聞いていたけれど。
おまけに昨今、「困ったときの自衛隊頼み」というか、何かあるとすぐに自衛隊を引っ張り出せばいいという風潮が強まっているように思える。ワクチン接種の一件なんか、典型例だけれども。
もちろん「やれ」と命じられた側は一生懸命に取り組むから、作業が円滑に流れる、いい仕事をしている。という話は耳にする。でも、「そこまで自衛隊の仕事なん ?」という疑問は払拭できない。
あまりにも日常業務で忙殺されていると、それだけで疲弊してしまう危険性があるし、突発事態に対応する際の即応力にも差し障りが出やしないかと。それに、将来のこと、大所高所からのビジョンについて考える余裕もなくなってしまう。曹士レベルならまだしも、幹部がそれではまずい。
「単にハードウェアのお買い物だけで国防が成立するわけではなくて、それ以前の問題として、ビジョンや CONOPS (Concept of Operations) がちゃんとしていないとダメ」とは、以前から話したり書いたりしているところ。
なんだけれども、それを実現するには、ビジョンなり CONOPS なりを考える人が必要になる。しかも「一度決めたら終わり」ではなくて、逐次、見直しを図っていかないといけない。
ことに日本の組織では往々にして、一度、何かやって成功を収めると、それが絶対不可侵の教典と化してしまう傾向が出やすいように思える。するとどうなるかというと、「以前にやってうまくいったんだから、次回もこれでいい」「以前にやってうまくいった手法を否定するのか」「過去の先輩達の成功を否定するのか、あ ?」という話になってしまう。
それでは「逐次、見直し」が機能しなくなる。しかし実際には、周辺の状況は常に変動しているのだから、「いま現在の状況では、どうするのが最良の勝ちパターンか」を、常に考えて、アップデートしていないといけない。あるタイミングでの勝ちパターンが、その後もずっと勝ちパターンだとは限らない。
ところが。よしんば「逐次、見直し」が組織風土的に実現可能であったとしても、日々の業務に忙殺されていると、どうなるか。たぶん、目先の仕事の山を崩すことにつながらないシンクタンク的なプロセスには、手が回らなくなってしまうのでは。時間的な余裕もさることながら、おつむの負荷にも余裕がないと、そうそう思索をめぐらしてもいられなくなる。
すでに、目指すべき方向性や方法論が確立されている時代、あるいは分野であれば、それをトレースしたり、重箱の隅をつつくように改善したりしていれば、それで勝利者になれるかも知れない。でも、それだけやっていると、目指すべき方向性や方法論を自ら模索していかなければならない場面に直面したときに、何をすればいいのか分からなくなって、立ちすくんでしまう。
立ちすくんでしまうだけでも問題だけど、そこで (意固地になって | 他の方法を思いつかないが故に)「過去の成功パターン」に固執して、必ずしも勝利につながるとはいえない手法を繰り返す。それでは勝利者になれない。
先日の話の席で、日本の安全保障をめぐるあれこれについて「反対勢力の貧困という宿痾がある」という趣旨のこともいった。実はこれもまた、「過去の成功パターンを繰り返す」ばかりで、勝てるゲームのルールを (編み出していない | 編み出せていない) 典型例だと思っている。
始末が悪いことに、反対勢力がこの有様だと、まともな議論が成立しない。これもまた、「今の状況下で最善の、勝利のためのゲームのルールってなんだ」ということを考えようとしたときに、ドライブがかからなくなる一因になりそう。
もっとも、「勝利のためのルール」を考えるだけでなく、考え出した結果に耳を傾けて、実装していける組織でないと、意味がなくなってしまうのも事実。実のところ、そっちの方が難物かも。
ここまで書いてきた話、個人事業主でも共通するのだけど、少なくとも「組織的抵抗」がないだけマシかも知れない。思索・充電のためのゆとりを生み出すのは、業務プロセスの見直しを必要とすることも間々あるし、楽じゃないけれど。
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