Opinion : 事件・事故の度に原因や対処が議論になるけれど (2021/11/8)
 

「軍人は前回の戦争に備える」(「将軍は」だったかも知れない) という、業界の格言もどきがある。しかしなにもこの業界に限った話ではなくて、反戦団体は前回に経験した戦争に反対する (少なくとも我が国ではそういう傾向が感じられる)。

また、事件・事故・災害の対策も似たところがあって、直近に発生したものに対して対策がとられる。たとえば、鉄道・航空・船舶などの安全は、そうした経験と対策の積み重ねによって実現してきたところがある。

わりと最近の事例だと、東日本大震災の後で津波への対処がクローズアップされて、避難に関するマニュアルができたり、列車の車内に避難梯子が常備されたりした。トンネル内で列車火災が発生した後で、車内に非常用の懐中電灯が常備された、なんてこともあった。


ただ、事件・事故・災害対策についていえば、さまざまな事例の積み重ねで成り立っているだけに、ある事案では正解とされていた対処・対策が、別の事案では間違い、ということも起こり得る。

上の方でトンネル内の列車火災に言及したけれど、これひとつとっても、その場で緊急停止するのがいいのか、とにかくトンネルの外に出て緊急停止する方がいいのか、最寄りの駅などの拠点までなんとかもたせるのがいいのか。

たぶん、どれかひとつが正解というわけではなくて、「場合によりけり」なんじゃないだろうか。第一、トンネルといっても一種類じゃない。長大山岳トンネル、青函トンネルみたいな海底トンネル、そして頻繁に駅がある地下鉄のトンネル。みんな条件が違う。

すると、同じように「車内で暴漢が暴れて放火した」という事案でも、混雑状況や走っている場所の条件によって、最適解は違ってきて不思議はなさそう。しかも、過去の事例に基づいて案出された対策が、別種の、新手の事案では間違いということも起こり得る。

それに、状況認識が的確にできるのか、という問題もある。「車内で何か事件が起きた」といっても、たとえば暴漢と放火では対処が違ってくる。最近では、非常通報ボタンだけでなく通話が可能な装置を導入する事例が増えているけれども、それを乗客が咄嗟にちゃんと扱えるのか、扱えても通報が適切にできるのか、通報する前に逃げ出さないとヤバい状況だってあり得るだろうに、といった話になってしまう。


事件・事故・戦争の第一報はえてして情報が錯綜するもの。すると、その第一報を聞きつけた途端に「対処が (正しい | 間違ってる)」といって口角泡を飛ばすのは、果たして正しい対処なんだろうかと。

実のところ、多種多様な事態のすべてに対処できるような decision tree をフツーの乗客が常時意識して、咄嗟に対処できるようにするのは無理な相談。あと、非常用ドアコックみたいな手段について知っていても、なまじそれを作動させてしまったせいで、却って事態が悪化する可能性もある。

乗務員や駅・地上係員だけにすべてをぶん投げるのも、乗客に「自分でなんとかしろ」とぶん投げるのも、たぶんどちらも間違っているのではないかしらと。

乗務員は、さまざまな事態に備えた訓練を積む。事業者としては、適切な訓練を実施するとともに、たとえば可動式ホーム柵の非常脱出みたいな話について周知の努力をする。利用者は、対処を妨げないように心掛けるとともに、適切な通報ができるように意識する。と、皆がそれぞれ、できる範囲でできる限りのことをするのが、ベストかどうか分からんけど、ベターな落としどころではあろうかと。

そういえば。走行中に非常用ドアコックを作動させると、そこで列車が止まってしまう。それなら、停止するまで非常用ドアコックが作動しないようにすれば、という考えには理があるし、実際にやっている事例もある。ただし、「走行中に非常用ドアコックを作動させられなかったせいで悲劇が」なんてことが、ひょっとしたら、起きるかも知れない。そうならない方がいいに決まっているけれど。

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