Opinion : トップがやらなければならないこと (2022/3/21)
 

先日、「そろそろ寝ようか」と思ったところにデカい地震が来て、昨年に続いてまたもや新幹線が被害を受けてしまった。それだけでも一大事なのに、東電の発電所が被害を受けて、もともと余裕がない電力供給能力が、さらにギリギリになってしまった。

で。東電が節電要請を出すのは当然のこととはいえ、首相まで同じことをいうのは「何か違うだろう」感がある。


だいたい、一方で「CO2 排出削減」の掛け声に乗っかって発電所を止めているのだから、供給能力に余裕がなくなるのは当たり前。平素はなんとか乗り切れていても、事故や災害やトラブルで稼働中の発電所がこけたら、ブラックアウトの危機になる。

電力供給能力に余裕がないところに来て、主力発電所がこけて大惨事… というと、アーサー ヘイリーの小説「エネルギー」そのまんま。この小説では、環境活動家からの資金援助を受けたテロリストが発電所を攻撃するというシナリオだったけれど、幸いにも今の日本では、テロリストが発電所を物理的に破壊する事件は起きていない。

でも、物理的に破壊されなくても、動かすことができなければ存在しないのと同じ。

もちろん、世の中にはさまざまな物の見方や考え方があるから、原発再稼働にしても、いわゆる再生可能エネルギーにしても、いわゆる CO2 排出削減問題にしても。世論が特定の方向で一致団結なんてことはあり得ない。

ただ、そうした中で「護るべきもの」「目指すべきところ」を見失わず、方向性を出して、あとは可能な限り皆が納得するように努力する。それが政治の仕事なんじゃないの、とはいってみたい。

そりゃもちろん、政治家にとっては「選挙で落選する」のは最大の悪夢だから、選挙で不人気につながりかねないことを求められて、二の足を踏むのは分からなくもない。しかし、不人気をおしてでも、重要な決定を下さなければならない場面もある。トップはそのために給料をもらっているのと違うか。

逆に、最前線に出ていって中隊長のまねごとをするのは、トップがしなければならないことではない。


もっとも、先に書いた「護るべきもの」「目指すべきところ」が、そもそも分かっていなかったり見えていなかったり、というのは、あり得そうな話ではある。

個人でも企業でも軍事組織でも国家でも、何か目標やビジョンを掲げる場合、それは抽象的であることが多い。しかし実際には、その抽象的な何かに結びつく、具体的な何かを拾い出していかないと話が進まない。

逆に、具体的な何かが存在するだけでも駄目で、それをどういう目標やビジョンに結びつけていくか、という思考も必要。そこで目標やビジョンやロードマップが欠けていると、場当たり的な対策を乱発して終わったり、とにくかモノや技術を手に入れろ、というだけで終わったりする。しかも説得力が欠けた状態で。

安全保障がらみの話を引き合いに出すと、単に個別の脅威を振り払うことだけ考えて、そのための装備や技術を手に入れたら、もう安心してしまう、なんてことでよい… はずもなく。とにかく戦闘での勝利を積み重ねていれば、いつかは戦争にも勝てる、というほど単純な話ではなかろうに。

上で書いた電力供給の話についていえば、単に供給力が足りるか足りないか、そのために何をどう動かすか、というだけの話ではない。それは「戦闘」レベルの話であって、その上のレイヤーの話は別にある。

一挙に上のレイヤーに話が飛ぶけれども、「分かりやすい正義のために社会活動・経済活動の足が引っ張られることがあってもいい、シュリンクしてもいい」という未来像を描くのか。それとも逆の方向の未来像を描くのか。そういう話まで行き着くんじゃなかろうか。そして、それを明確にするのは政治の仕事ですぞ ?

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