Opinion : オフレコという言葉に関するあれこれ (2023/2/6)
 

首相秘書官の「LGBT 発言」で、当人の首が飛ぶ事態になった由。

この件でブン屋さんが「首相の任命責任が〜」と書いたり、テレビのニュースで「政権に打撃が〜」とやったりしているのは、「ああ、また毎度恒例の "失言をネタにして首を取るビジネスモデル" を発揮してるんか」と冷ややかに見ているけれど、むしろ気になるのは別の方面。

そもそも件の発言は「オフレコ」だったそうだけれど、それをそのまま公開の場に出したことについて「記者の前で発言したことなのだから、公言しているのと同じ」と主張している向きがいるそうだ。は ?


自分も物書きの端くれであり、実際にいろいろなところで、話を聞いたり取材したりしている。中には「表に出せない話」が出ることもあるし、「これは記事にしないで欲しいのだが」という前置き付きでお話を聞かせていただいた経験も、いろいろある。

それが何だったかについては、もちろん公の場では書けない。取材対象者、あるいは取材対象者が属している組織の公式見解・公式発言として書くわけにはいかない。ただし、「参考情報」として利用することはある。たとえば、さまざまな情報やデータを突き合わせて比較検討する過程で、「そういえば、あんな発言があったな」といって判断材料にするなど。

ただ、「オフレコ発言をどう活かしているか」をあまり細かく書いてしまうと、オフレコがオフレコでなくなってしまうリスクがあるので、あまり立ち入ったことは書かないし、書けない。「有意義に使わせていただいている」と書くに留める。

そんなわけで、「オフレコ発言」というのは、取材者としてはかなり重要な意味があるのだけれど。ただしオフレコはオフレコだから、それをそのまま表に出すのはルール違反だと思っている。この辺、「何でもかんでも手当たり次第に暴露するのが正しい報道である」と信じている人とは、まったく相容れない部分であるけれども。

ちょっと脱線すると。「世の中の良くないことを発掘してはぶっ叩くのが、正しい報道である」というやり方も、まるごと真に受けるのはどうだろうかと思っている。無論、良くないことは是正されるべきであるけれども、重要なのは是正に向けた動きを生み出すこと。

その目的を忘れて、ぶっ叩くという手段にばかり傾倒してしまったら、いったいどういうことになるか。却って、良くないことを是正する動きの足を引っ張る事態につながることはないか。

それに、ぶっ叩くこと自体が目的になってしまうと、それは「ぶっ叩く対象となる "良くないこと" がなくなっては困る」というパラドックスに行き着いてしまう。良くないことを是正するはずが、良くないことが是正されるとメシの種がなくなることになってしまう。本末転倒。

話を元に戻して。「オフレコでも、記者相手に話したことは公言と同じ」という擁護の仕方は、とにかく筋が悪い。第一あなた方、今回の件が首相秘書官というポジションから発しているから吹き上がっているけれども、もしも野党側の人間がオフレコで問題発言したら、同じ擁護ができるの ? そこでダンマリを決め込んだり、「オフレコ発言なんだから、問題視するのかおかしい」なんて発言したりしないと断言できる ?


なお、自分は取材する立場である一方で、ときには取材されたりコメントを求められたりする立場でもある。そうなると、オフレコのつもりで話したことが公の発言として暴露されるのは、大変な迷惑行為という話になる。

そして「記者相手に話したことは公言と同じ」論法で来られたのでは、たまったもんじゃない。記者本人がそう思っているのか、勝手に擁護を買って出た人がそう思っているのかに関係なく。そして現実問題、オフレコのつもりで喋った話が暴露される事例が発生したわけだ。

こうなると自衛のためには、新聞記者が何か話を聞きに来たときには「オフレコで」といわれても真に受けず、無難な発言からは一切外れないという対応をとらざるを得ないんじゃないだろうか。こういう対応が広まると、結局は取材者にとっても損なことになるといわざるを得ず、そういう意味でも今回の件は禍根を残しそう。

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