Opinion : 買い手・使い手の方をちゃんと見てる ? (2023/4/3)
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物書き業をやっていると、たまに遭遇する場面。
編集者と「次はどんな企画で行きましょうか」という話をしているときに、何かアイデアを出したら「それで行きましょう。まず僕が読みたい」といってゴーサインが出ることがある。拙著の中にも、そうやって世に出たものがある。
書籍、あるいは雑誌の記事に限らず、商品・サービスの類でも、まず「自分がそれを欲しいと思うかどうか、使いたいと思うかどうか」は、案外と大事な尺度であるのかも知れない。
もちろん、それは「個人の基準」がベースにあるから、それが世間一般に広く受け入れられるかは別の問題。当然ながら、そこのところでは客観性も求められる。ただ、「そもそも自分が欲しいと思わないものを、お客さんが欲しいと思うかね ?」もまた、一面の真理。
すると「自分が書きたいこと、読んで欲しいと思うことと、お客さんが読みたいと思うことと。どうやって調和をとろうか」といってウンウン悩むことになる。これは悩みがいのある悩み。
ただしいうまでもなく「読み手に媚びる」と「読み手のニーズに応える」は別物。線引きは難しいけれど、確実に存在する境界線。為念。
去年、ソニーの α9 を中古で買って遊んでみている。ブラックアウトフリーの EVF と高速連写の合わせ技、それとトラッキング AF の優秀さは大したもんだと思うけれど、どうにもこうにも納得がいかないのが、シャッターボタンのフィーリング。
すでにあちこちでブー垂れている話ではあるけれど、しつこく書く。半押しして AF が作動するときのストロークが短い一方で、そこからさらに押し込んでレリーズする際のストロークが妙に長く、かつ、ボタンが固い。だから、他社製品と同じつもりでレリーズしようとすると、シャッターが落ちなくて「あれれ ?」となってしまう。
結局、これは運用で解決して「半押しして AF が作動したところでもう少し押し込んで、ここぞというところでもう一発押し込んで」という使い方をしている。
しかしそもそも、こんなフィーリングのボタンで、よくも世に出す気になったな ? これを設計した人と OK を出した人の両方とも、自分でカメラ使ったことあるんだろうか ? というのが正直なところ。
それで「α9 はカメラマンが作ったカメラじゃなくて、技術者が作ったカメラなんじゃないの」とブー垂れる仕儀となった。そういいつつも、EVF と AF は優秀だから手元に置き続けているけれど。
「個人の感想です」な話はこれぐらいとして。どんな分野にもいえることだけれど、実際に使う人が置かれている状況、現場でどのような使われ方をしているか、現場の人が何を求めているか、現場の人が何に困っているか。そういうことをよく理解せずに作られた製品やサービスが、案外とあるように思える。
最近の Twitter をめぐる不評が典型例だけれど、それ以外でも某社の Web サイトが典型例かと。「SNS に慣れた世代」を過剰に意識してしまったんじゃないか、と疑いたくなるようなユーザー インターフェイスといい、肝心な情報が埋もれてしまっているメニュー構成といい、どうにもこうにも納得がいかない。
あと、「これって Web デザイナーの自己満足が先行して、使い手への配慮が二の次になってない ?」と思わされる事例も、ときどき見かける。「求められているもの」よりも「売りたいもの」。どこかの国の武器輸出か。
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こういう悪しき事例を見ていると、「送り出す側は、それを実際に自分の手で使ってないんじゃないの ?」という疑いが出てしまう。「売る側の思惑ばかりが先行する」「こういう技術を使いたい」「技術的に優れていれば勝てる」「とにかくシャレオツなアピアランスのものを」などなど。そんな調子になると、受け手のことを考えていない製品やサービスができやすそう。その挙句に、受け手や顧客に余計な負担をかけてしまう。その一方では。
先日の DSEI で実施したインタビュー取材の中に、「運用現場で話をたくさん聞いて、そこで得たニーズを新形に反映させた」という種類の話が出てきた。「売りたいものより求められているもの」という姿勢のお手本ではないかということで、もちろん、その話は原稿の中にしっかり書いた。
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