Opinion : 災厄と大変屋 (2024/8/12)
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COVID-19 が猖獗を極めていた頃 (いや、今も消滅したわけではないけれど)、お出かけなんかすると叱り飛ばしに来る、私設自警団みたいな人がいたと記憶している。関東大震災のアレからずいぶんと時間が経つけれども、人間、そう簡単に変わるものではないみたいで。
もうひとつ。「軍艦長門の生涯」だったかで、太平洋戦争中に海軍士官が制服で街を歩いていたら、「大詔奉戴日だというのに、ゲートルも巻かずにそんな格好で街を歩いているのか」などと国防婦人会のおばさんに叱り飛ばされた、なんて話があった。
そういえば、東北地方太平洋沖地震の後にも「自粛警察」みたいなのがあったと記憶している。
いずれも、いってみれば「私設非常時警察」みたいなもの。実のところ、それを通じて世の中に貢献しようというよりも (表向きは、そうなんだと主張しそうだけど)、「非常時」をネタにして、正義の味方をやりたいだけじゃないかと思っている。
話は変わって、先日に日向灘で発生した地震に続いての、南海トラフ地震がらみの「巨大地震注意」というやつ。東海道新幹線が減速運転したり、「くろしお」「南紀」「サンライズ」あたりがウヤになったりと、いろいろ影響が出ている。
ただ、それよりもなによりも。「巨大地震注意」の話が出てきた途端にパニック買いに走る人が、またもや現れた模様。
昼間、近所のマツキヨに行ったら、カロリーメイト (ブロック) の店頭在庫が激減していて目が点になった。たぶん、「巨大地震注意」の話を聞いて、慌てて買いに走った人が続発したんじゃないだろうか。普段の店頭在庫とは状況が全然違った。
うちでは常にひと山在庫していて、順番に回しているのでパニック買いとは無縁。念のため。
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これまた常時在庫があるから、いちいちチェックはしなかったけれど。他の分野でも、ペットボトルの水などで、似たようなことが起きている様子。まったく性懲りもなく、同じような騒動を繰り返して…
台風は事前に備えることができるけれど、地震は予告なしに突発するものと決まっているから、平素から備えておかなければ意味がない。なのに、たまたま他所で大きな地震が起きたり、地震が起きる可能性が取り沙汰されたりしたときだけ、慌ててパニック買いに走る人が出る。
たぶん、数ヶ月か半年もすれば、喉元過ぎてなんとやらになる。そしてまた、将来、同じようなことになれば同じような行動を繰り返す。学習能力ゼロである。そうやってバースト的に需要を発生させると、供給側がついて行けなくなる。
COVID-19 のせいで街から人の姿が消えた頃、トイレットペーパーや除菌ウェットティッシュやハンドソープなどの店頭在庫が消えてしまったことがあった。あれなんか実質的に、パニック買いに起因する人災みたいなもの。
それを見て以来、うちでは平時の在庫を積み増した。自然災害への備えが半分、パニック買いという人災への備えが半分。実のところ、いったん在庫を積み増してしまえば、消費ペースが変わるわけではないので、バースト的に購入量が増えることはない。
いつものペースで使って、減った分だけ補充をすれば済む。非常食の類もそうだけど、適宜、使って入れ替えていかないと、いざというときに役に立たなくなる。
この二つの話、関係なさそうでいて、関係があるんじゃないかと思う。それは、どちらも「大変屋」だということ。世間の耳目を集める大きな事件やその他の出来事があると、「大変だ、大変だ」となる。
その割に、やっていることが何の役にも立たなかったり、むしろ社会の迷惑になりかねなかったりするところが共通している。ちょっと口の悪い言い方をするならば、「非常時」「大事件」を一種の娯楽にしていないだろうか。
しかも、パニック買いに走る人が現れれば、需要に応えようとして (?) 買い占め・転売に走る人が出て、メルカリあたりが大賑わいという仕儀になる。なんだかなぁ。
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