Opinion : 否認権の話 (2025/11/17)
 

高市首相による、台湾有事をめぐる発言が気に入らなかった北京政府が、自国民に対して日本への渡航自粛を呼びかけた、というニュースがあった。

中国が自国の観光客を「経済兵器」として使うのは、以前に台湾や韓国もやられたことがある手だから、これ自体は特に驚くことではない。もっとも日本の場合、「オーバーツーリズムの沈静化につながった」といって、却って喜ばれてしまう可能性もあるように思える。

それはそれとして。

「それ正解だったの ?」と思うのは、政府が自ら呼びかけてしまったらしいところ。つまり、北京政府が国の公式な考えとして渡航自粛を仕掛けた、という図式になってしまう。「北京政府として、東京のやり方が気に入らないということを公式に意思表示する」ということなら、そうせざるを得ないが。

でも、「日本に経済兵器で攻撃を仕掛けて締め上げる」という「結果」が欲しいのであれば、また話は違ったものになる。

わざわざ政府が公式な呼びかけをしなくても、たとえばネット上で「日本で大災害が起こるとの予測がある」とかなんとか噂を流して、足が向かなくなるように仕向ける手もある。「大災害の噂」が出控えにつながった事例は実際にあるのだから、どちらかといえば、成功する確率が高そうな話ではあるはず。

ある意味、自国民を「精神的遮断機」の向こう側に置いている、あるいは置こうとこれ努めているのだから、そういう世論操作を仕掛けることも、少なくとも日本や欧米諸国と比べれば容易であろうに。

だいたい、他国に認知戦を仕掛けようとする国なら、自国民を相手に似たような心理的コントロールを仕掛けていても不思議はないわけで。

これはつまり、いわゆる否認権の問題。何か疑いの目を向けられたときに「私はやってない、潔白だ」(麻原彰晃かよ) とすっとぼけられるお膳立てをしておけば、少なくとも公式には悪者にならずに済む。でも、自ら仕掛けをしたことが明白になってしまったのでは、それができない。

そういう意味では、渡航許可を出すとか出さないとかいう形のコントロールも、否認権の観点からして使いづらい。なぜなら、渡航許可はレッキとした国家のマターであるから。その点、「よからぬ噂をそれとなく流す」なら、国家のマターとはいいきれなくなる。


この否認権という問題、以前に自著でも書いているように、サイバー攻撃との相性がいい。生身の人間が直接、現場に行って何かをすれば、レッキとした物証が発生することになる。でも、サイバースペースではそれを避ける仕掛けができる。

いわゆるサイバー攻撃に限らず、認知戦についても同じことがいえる。国の看板を背負ってネット工作を仕掛ける必要はなくて、一介の個人を装って仕掛けることもできるわけだから。

それこそ、「役に立つ馬鹿」を見つけ出して、チョイチョイと煽てたり煽ったりすれば、上手いこと代理勢力として働いてくれることであろうし。そして、その種の「ネット教祖様」(どんな分野にもいるものである) を動かすことができれば、自分の頭で考えないで拡散するだけの、スクリプト キディみたいな信者も一緒に動いてくれる。

すると、直接的に動いているのは表から見える人間だけで、本当の黒幕、仕掛け人は見えないということになる。それで結果だけうまいこと享受できれば、安全安心。

ただ、否認権を優先するということは、「公式にやった」ことを否定するということであるから、「こういう仕掛けをして、これだけの成果を挙げました」と上の人間に報告できるお手柄を手放す、ということでもある。

それが許容されず、上から「結果を出すことを強要された」とか、あるいは「上に忖度して結果を出そうと頑張ってしまった」となると、公式の看板で何かするしかなくなってしまう。こうなると組織論、組織マネージメントの問題にもなってくる。実際に北京で何が起きているのかは知らないけれど。

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