取材メモ 3 : 長崎原爆資料館など
 

所在地 : 長崎県長崎市
訪問日 : 2001/9/21


チャック・スウィーニー (ボックス・カーの機長) が書いた本を読んでいたら、長崎に行き、原爆投下の現場をしかと見届けたくなった。

実は、長崎は 1985 年 8 月にも訪れている。ちょうど阪神タイガースの優勝争いや日航機墜落事故で騒がしかった時期だが、長崎を訪れた晩は、原か誰かが満塁ホームランを打って、阪神は負けた。
そのときにも平和公園など訪れたような気がしなくもないのだが、記憶が飛んでいるので、事実上は初めて訪れるようなものだ。

今回は羽田から飛行機で長崎に飛んだので、長崎空港に降り立つことになった。東京からは 1 時間 20 分ほどのフライトだ。JAS のネット割引運賃で \24,000- ちょっとだったが、通常運賃はもう \9,000- ほど高い。
長崎空港から市内に入るには、高速バスが安い。長崎駅前まで 1 時間ほどで、料金は \1,200- なり。市内からは意外と遠いので、タクシーだと高くついてしまう。

爆心地は長崎市内でも意外と北寄りで、長崎電軌の松山町電停が近い。原爆資料館ともども、例の像で有名な平和公園の南側にある。
そこで、バスの車内で地図とにらめっこした結果、長崎駅まで出るという当初の予定を変更し、浦上駅前でバスを降りた。この場合、料金は \1,150- になる。

浦上駅前にも長崎電軌の電停があるので、そこから赤迫行の電車に乗れば、松山町はすぐだ。電車を下りて東側の広い通りに出て、道を渡って坂を上ると、そこが爆心地で巨大な碑が建っている。(現地の地図)

そこから南側に向かい、道を渡って階段を上ると、原爆資料館がある。入場料 \200- なり。
あいにくと館内は写真撮影禁止なので、資料館の写真はない。ただ、正視できないような内容の展示物だらけだ、とだけ述べておこう。蛇足だが、Mk.3 ファットマンや BGM-109 トマホークの実物大模型、なんてものもある。ただ、トマホークの模型が地面に突っ込むような向きで吊るしてあるのは、あまりにも意図的なのがミエミエ。

爆心地から資料館へと南下してくると、最寄りの電停がひとつずれて、浜口町の方が近くなる。私の場合、「松山町電停→爆心地→資料館→浜口町電停」というコースになった。それでもまだ浦上駅より北側なのだ。

ちなみに、どうして市内でも北寄りの地点が爆心地になったかというと、当日は天候が悪く、地上をなかなか視認できなかったのと (レーダー爆撃は禁止されていた)、先に第一攻撃目標の小倉上空でウロウロしていて燃料が乏しくなっていたため。長崎でも天候回復を待つ余裕がなく、一瞬の雲の切れ目から爆撃を行ったという事情から、場所を選ぶどころの騒ぎではなかったらしい。

実際、あまり知られていないが、ボックス・カーはテニアンまで燃料がもたず、沖縄に緊急着陸して燃料を補給してからテニアンに帰還している。
ちなみに、この機体は現存していて、オハイオ州デイトンの U.S. Air Force Museum に保存されている。エノラ・ゲイは現在は公開されておらず、ダレス空港に隣接して NASM の別館がオープンするまで「お預け」なので、せめてボックス・カーは見に行かなければと思っている。

あと、長崎といえば三菱重工の造船所も忘れることはできない。太平洋戦争終結まで、「武蔵」を筆頭に、聯合艦隊の艨艟をたくさん送り出した名門だ。ところが、現場を対岸の大浦海岸から見てみると、あまりにも狭いことに驚く。こんな狭隘な場所で、向こう側から全長 263m あまりの巨大戦艦が進水したというのは大変な出来事だ。

また、長崎空港の対岸には海上自衛隊の大村基地があり、SH-60J がタムロしている。大村基地の一般公開に合わせて長崎訪問、というのも良いかもしれない。

URL :
長崎原爆資料館

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