Opinion : 特殊部隊の時代なのだ (2001/10/22)
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いきなり茶化すようだが、表題は「かつおぶしの時代なのだ」の間違いではない。これで正しい。
もう 10 年も前の話だが、海上自衛隊の横須賀地方総監部を訪れ、ペルシア湾帰りの掃海艇と輸送艦を見学させてもらったことがある。掃海艇の艦橋脇に描かれた機雷処分マークや、臨時に増設した暑さ対策の家庭用クーラー、補給艦 <ときわ> の艦内に山と積まれた弁当容器などに、「実戦帰り」の雰囲気をひしひしと感じたものだ。
その後、訪問をエスコートしてくれた海上自衛官と我々見学者 2 名は横須賀市内のファミレスで歓談したのだが、その席で自衛官氏は「これからは地域紛争や非正規戦が増える。冷戦が終結したからといって世界は平和にならない」という趣旨のことを断言した。
この発言を、組織維持のための我田引水発言と片付けることはたやすい。だが、これはそもそも業界筋では常識となっていた見方だし、実際に世の中がその通りに動いたことは、パレスチナ、ユーゴスラビア、シエラレオネなどで実証されている。
ここで注意したいのは、「非正規戦」という言葉だ。この中に対テロ戦が含まれるのはいうまでもない。だいたい、地下鉄サリン事件という未曾有のテロ事件に見舞われた日本で、ついこの間まで (というか、現在も ?) テロに対する認識があまりにも甘かったのは、信じられないことだが事実だ。
多分、たいていの人は WTC に飛行機が突っ込む映像を見て、初めて「テロ」あるいは「非正規戦」といった言葉の意味を実感したのではなかろうか。はっきりいえば、10 年遅いのだ。
日本やアメリカと違い、ヨーロッパ諸国には、以前からテロに対して厳しい認識を持っている国が少なくない。極左系の暴力団体があちこちの国にあるし、中東系のテロリストも頻繁にヨーロッパで騒ぎを起こしているからだ。だからこそ、多くの国に対テロ部隊があり、しばしば出動している。残念だが、これが現実だ。
その中でも珠玉の存在といえば、やはりイギリス陸軍の SAS (Special Air Service) に尽きると思う。SAS がユニークなのは、対テロ作戦だけでなく、さまざまな特殊作戦を手がけた実績を持つ、いわば「特殊作戦のデパート」といえる多芸ぶりを発揮しているところではないだろうか。だから、SAS について書かれた本を読むのは、なかなか勉強になる。
ここで、「特殊作戦 (special operation)」という言葉について整理しておきたい。人によっていろいろな使われ方をする言葉だが、本稿では以下のように定義しておきたいと思う。
正規軍が軍服を着て大々的に作戦を展開するのが難しい、戦線後方での偵察や情報収集、破壊工作、戦闘救難 (combat rescue)、対テロ作戦などを、比較的少人数のエキスパートが隠密裏に実行すること。
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こうした作戦は、通常の国家同士での戦争にも登場する。だいたい、SAS のルーツは第二次世界大戦中の北アフリカ戦線における後方破壊活動にあるのだし、湾岸戦争のときにも SAS やデルタ・フォースが「スカッド・パトロール」を実行していた。(この辺の話を知らない人は、「ブラヴォー・ツー・ゼロ」を読むと良いと思う)
ただ、相手も自分と同じ国家レベルの正規軍の場合、あくまで主力は正規軍で、特殊作戦部隊はそれを側面から支援する、という色彩が濃かったように思う。
ところが、今回のアフガン戦のように一般市民の中に埋没したテロリストを相手にするようなケースでは、たとえば機甲師団を大々的に送り込んで制圧する、なんていうやり方はできない。それは、アフガンにおける兵站線の維持がどうとかいうのとは、別の次元の問題だ。
アメリカが武力行使に向けて動き出したときに、湾岸戦争における第 VII 軍団みたいなのを連想したのかどうか知らないが「世界戦争になるから反対」などと大ボケかましていた論調があった。冷静に考えれば、"世界大戦" になるような戦の仕方はできない相手なのだから、そんなことは起こりっこない。アフガン空爆にしても、その規模は湾岸戦争と比べ物にならないくらい小さいではないか。
だから、私は当初から特殊部隊が主役だといってきたし、実際、その通りになっている。(嘘だと思ったら、9 月の「不定期日記」を御覧いただきたい)
はっきりいってしまえば、表題の通り「特殊部隊の時代」なのだ。
隠密裏に敵地に潜入し、人身撹乱や破壊工作、要人の逮捕などを実行できるのは、エキスパートの特殊部隊しかない。それが分かっていたからこそ、米軍は海兵隊の戦力を減らさなかったし (海兵隊はそれ自身が特殊部隊だということになっている)、その他の特殊作戦部隊にも戦力削減の大ナタを振るわなかった。それが今になって生きているというわけだ。
相手が「人民の海」に埋没しているからこそ、心理戦 (PSYOPS) も重要で、実際、米空軍は EC-130E コマンドソロを送り込み、テレビ・ラジオ放送による宣伝放送をやっている。人心を離反させてテロリストをいぶりだすことも、重要な作戦なのだ。
余談だが、コマンドソロ、AC-130 スペクター、あるいは MH-53J ペイブロウ III といった特殊作戦用機に関して、まともな知識を持っているマスコミ関係者が、一体どれだけいただろうか ?
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ただ、アメリカが失敗を認めたのが人的情報収集、すなわち HUMINT の分野で、今後はこの分野にも力を入れることになるようだ。そこでまた威力を発揮するのも、特殊作戦部隊なのだ。NSA がどんなに頑張っても、電波を出していないものは傍受できない。となれば、人間が乗り込んでいって、自分の耳で情報を集めるしかない。
ひょっとすると、21 世紀の紛争は、RMA という言葉そのままにハイテクの優位で一気に勝負をつける短期決戦と、特殊部隊が泥臭く、かつ粘り強く活動する長期戦に二極分化するのではないだろうか。特に対テロ戦は後者の形を取るだろうから、その手の任務に強い特殊作戦部隊はどうしても必要になる。
また、予算などの関係から大規模な軍事力を保持するのが難しくなってきている現状を考えると、少数のエキスパートに多くを頼る傾向が強まる可能性が高い。
となれば、すでに特殊作戦部隊を持っている国は陣容の強化に向けて動く可能性があるし、日本のように特殊作戦部隊とはあまり縁のない国でも、独立した特殊作戦部隊を作ろうという動きが出てくる可能性も考えられる。
願わくば、そういう事態を迎えたときには、「特殊作戦部隊」と「テロリスト」の区別がちゃんとつく、業界音痴でない人たちに、実のある議論をしてもらいたいものである。テロ事件に際して「ざまーみろっ」などと放言するような議員のいる政党や、あるいは代々木の某政党には、はなから期待できないが。
最後にもう一度、例の台詞を繰り返して締めくくろう。
「特殊部隊の時代なのだ」
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