Opinion : 個人ではなく、システムとして動くということ (2002/4/8)
 

まだ 3 レース終わっただけのところで、こんなことをいうのが早計なのは承知しているが、同じ「日本勢」として注目されているトヨタとホンダが、今のところ、明暗を分けているように思える。

トヨタは、3 レースで 2 度のポイント獲得を達成した。1 ポイントずつとはいえ、上位 6 台にしかポイントはつかないのだから、立派なものだ。しかも、今年がデビュー・イヤーとなるチームの仕事だと思えば、大したものだと思う。

一発だけ大当たりしたというなら、まだ「まぐれ当たり」といわれても仕方ない部分がある。だが、トヨタ F1 の場合はコンスタントに 1 台は壊れずに完走しているのだから、「これは意外と本物かもしれんぞ」と思えてきた。

反面、過去の実績を考えると、ホンダはもっといいセン行っても不思議ではないのではないか ? という声が出てきても不思議ではない。私もそう思った一人だから。
ところが、今シーズンに入ってから、ホンダ勢はノーポイントだ。今年に限らず、どうも今のホンダ F1 はパッとしない。どうしちゃったのだろう。


ずいぶん前の話になるが、レーシング・チームのマネージャーをやっていたという人に話を聞いたところ、「レースに勝つには、チーム体制がしっかりしてなければ駄目だ」といわれた。そのチーム体制を整えるのが仕事のマネージャー氏の発言とはいえ、なかなか興味深いものがある。

確かに、エンジンもシャシーもドライバーもメカニックも、そして F1 なら開発スタッフも、それぞれ一流のモノを揃えなければ、最強のチームはできない。
野球やサッカーなど、他のチーム・スポーツも同じだろうが、特に「機械」という要素が絡んでくるモーター・スポーツの場合、個人プレーばかりが先行しても、あるいはどこか特定の要素だけが強くても、本番のレースには勝てないという傾向が強くなると思う。

たとえば、どんなに優秀なドライバーでも、クルマがヘッポコではレースに勝てない。エンジンがどんなに馬力を出していてもシャシーが馬力に負けていたり、あるいはエンジンのピーク性能ばかりが優秀でもドライバビリティに欠けていたりすれば、これも勝てない。そんな事例は、過去の自動車レースの歴史の中にたくさんある。

いきなり全部に一流のものを揃えることができなくても、特定の分野に穴が開かないように、全体を 80 点のものでコンスタントに揃えることができれば、最強とはいわないまでも、継続的にある程度の戦績を残せるチームになる可能性がある。トヨタ F1 は、そのことを証明しているのではないか。
もっとも、全体を 80 点のもので揃えるのだって、実は凄く大変なことなのだが。


よく考えたら、これは企業や軍隊の強い・弱いにもいえることかもしれない。

たとえば、軍隊について考えると、昔の戦争は規模も小さかったし、武器といっても弓矢に刀程度なら、個人の武勇に依存する部分が多かったといっても過言ではない。だから、指揮官、あるいは個々の兵士の中に「英雄」がたくさん輩出されたし、英雄がいる国、あるいは部隊の方が、えてして強かったりした。

ところが、さまざまな兵器が登場して破壊力が増し、しかも技術的な進歩が進んだことで、個人の武勇以外のファクターが、戦闘の行く末を左右することが多くなった。だから、レーシング・チームの体制を整えるのと同じで、戦争をするのにも、兵士、装備、指揮官、兵站、情報、指揮管制など、体制を整えるために考えなければいけない要素がメチャメチャに多くなった。その辺のバランスが崩れると、勝てるものも勝てなくなる。

たとえば、太平洋戦争における日本では、兵站、情報、指揮管制、といったあたりに致命的な弱点を抱えていた上に、指揮官人事が平時と同じ基準で行われていたケースが少なくなかった。そうなってしまうと、いくら個々の兵士が勇敢でも、それを動かす鍵となる「重心」の部分が先に崩壊して、結果的に負け戦になってしまう。

どんなに優秀なパイロットがいても、どんなにカタログ・スペックが優れた兵器があっても、実際に戦場ですべての要素が出すべき馬力を出さなければ、結局は押し負けてしまう。下世話な話をすれば、どんなに優秀な兵士でも、腹を空かせていては満足な力は出せない。

逆に、優秀な装備や人員を十分な数だけ揃えるだけでなく (それだけでも大変なことだが)、情報面・兵站面のバックアップをしっかりさせて、しかも明快な作戦計画を作成・配布したスプルーアンスの第五艦隊みたいなのを相手にしては、いくら個人のレベルで敢闘しても、対抗できる範囲には限度がある。

だから、こと指揮統制の面では、出たとこ勝負で行動してしまうハルゼーの第三艦隊の方が、同じ中身でも弱みを抱えていた、ということはいえるかもしれない。それがもっとも悪い形で出てしまったのが、レイテ沖海戦の「全世界は知らんと欲す」騒動だったと思う。
ハルゼー自身が後で述懐しているように、このときスプルーアンスが艦隊を指揮していたら、もうちょっと違ったことになったかもしれない。過去に「イフ」は禁物だが…

そういう状況を無視して、個々の兵士、あるいは装備だけを取り上げて「誰それは優秀だ」とか「○○は△△より強かったはずだ」と議論してみても、全体のシステム勝負になっている戦争の勝敗につながる議論にはならない。
だから、私は最近になって、特定の兵器をネタにして「どっちが強い」という議論をする気が失せてしまったのは、以前にも書いた通りだ。

ビジネスの世界でも、一人の優秀な社員だけで会社が動くというものではないという点では、軍隊に通じるものがある。多数の社員がそれぞれ自分の担当分野を確実にこなし、しかも多少の人の出入りがあってもアウトプットが大きく変動しないようなシステムを持っている企業の方が、特定の「英雄社員」に依存している企業よりも、長期的に見て強い。

だから、ベンチャーとして発足した会社が大きくなったときに、そういうシステムを整えることができるかどうかが、企業の盛衰を左右する鍵になるのではないか。個人のモチベーションをうまく引き出しつつ、個人に依存し過ぎないシステム、といえばいいだろうか。
どことはいわないが、たとえば IT 関連企業でも、最初は威勢が良かったのに途中で失速した会社の多くは、「個人依存」から脱却できなかったり、最初と同じ製品に収益を依存し続けていたり、といった事例が目に付く。


モーター・スポーツでもビジネスでも戦争でも、そのような「システム」の勝負になっている部分があることを、いま一度、認識しておいた方がいいと思う。指揮官や兵隊に一人、あるいは少数の英雄がいるだけでは、まぐれ当たりの勝利しか手に入らない可能性が高いということを。

だから、エース・パイロットが戦死した途端にガタガタになる部隊や、社長が交代した途端におかしくなってしまうような会社は、所詮はその程度のものだったんじゃないの、と思う。すごく厳しい言い方だが。

もっとも、その点で日本の社会というのは妙なところがある。個人がフィーチャーされて目立つことを好まず、たまたま誰かがフィーチャーされると足の引っ張り合いを始めるくせに、一方では個人を英雄視したがる傾向がある。なぜだろう。

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