Opinion : 財務省と片山主計官の軍事オンチ (2004/12/6)
 

防衛庁を相手に、いささか空気が読めていない削減論をぶちかまして名を売った片山さつき主計官は、元はミス東大でファッション誌にも登場しまくり、入省後は「財務省のマドンナ」と呼ばれているそうだ。

まあ、どんな ?


おっと。なにしろ季節外れの暖かさで、雪が積もらなくてフラストレーションが溜まっていたので、ついつい寒くしようという心理が働いてしまった。

この片山主計官、冷戦型の装備を引っ込めるというところまではいいのだが、先々週にも書いたように、戦略環境がまるで違う日本とドイツを同一次元で比較するなど、不見識にもほどがある。それに、マスコミを通じて伝えられる発言のトンチンカンぶりがあまりにもひどいので、てんで応援する気にならない。たとえば、これ。

「曽祖父は旧陸軍の軍人で、日露戦争では騎兵。二十世紀初めに、もはや大砲や騎兵の時代ではないと言って、いち早く退役した。その子孫の私が、大砲は古いと言って縮減を迫っているのには因縁を感じます」。

おいおい、ちょっと待て。騎兵はともかく、ソ聯軍のものすごい砲兵火力のせいで、日本陸軍がノモンハン事件で散々な目に合わされたのを知らないのか、この人は。それだけではない。ガダルカナルを筆頭として、太平洋戦線でも日本軍は米軍の砲兵火力のせいでコテンパンに叩かれた。硫黄島や沖縄もしかり。防衛庁にイチャモンをつけるのは自由だけれども、その前に少しは戦史を読めといっておく。

ヨシフ・スターリンは砲兵のことを「戦場の神」と称したそうだが、ひところほどではないものの、現代でも砲兵は大事にされている。それが証拠に、片山主計官がかつぐヨーロッパでは、ドイツの PzH2000 を筆頭にして、自走砲の長砲身化・新型化が進んでいるし、牽引砲の分野でも同様。今ではヨーロッパの主要国に 52 口径の砲身を備えた 155mm 自走榴弾砲があるが、クルセーダー計画をボツにしてしまったアメリカは、むしろこの分野では出遅れているぐらいだ。
(それでも、FCS (Future Combat System) 計画にはちゃんと NLOS-C と称する砲兵装備が含まれている)

それに、日テレの今泉記者が "Operation Iraqi Freedom" で米陸軍の砲兵隊に従軍したときの話を読むと、米陸軍の最前線では砲兵隊が頼りにされていた様子が書かれている。遠方から精確に弾を撃ち込めるという点では、今でも火砲が重用されているのが分かるはず。インドのように、砲兵戦力を対象にして大々的な近代化計画を企画している国もある。親戚の艦砲にしても、米海軍の力の入れ具合を少しは見てみろと。

さらに、緊急展開部隊で使用する目的で、C-130 にも搭載できるような軽量の装輪式自走榴弾砲が、あちこちの国で開発されている。典型例がフランス製の CAESAR だが、砲兵が本当に「時代遅れ」なら、こんなことになるか。

ついでに付け加えれば、もともとは面制圧兵器として登場したはずのロケット砲にも高精度化の流れが押し寄せて、MLRS に誘導システムを付加した Guided MLRS が開発されているし、MLRS とランチャーを共用する ATACMS にも、対戦車用に誘導システムを備えた BAT サブミュニッションを装備するモデルが出現したりしている。
もちろん、こちらも装輪化の流れがあって、MLRS の発射器を流用した HIMARS が開発されたりしている。

つまり、時代遅れとみなされている兵器に、こんなにも世界各地で力が入れられるはずがないだろうと。もちろん、戦略状況の変化に応じて、砲兵火力についてもある程度の削減は避けられないにしても、「時代遅れ」なんて余計な一言を付け加えるから、他の発言まで信憑性が問われてしまう。不見識極まりない。

そして、片山主計官が「時代遅れ」とのたまう現代の潜水艦より、さらに古臭い米海軍のガトー級潜水艦のせいで、太平洋戦争では日本全国が飢餓状態に陥ったのを知らないのかと。時代遅れというのは中国や北朝鮮の潜水艦の話だが、それでもなお、シーレーンに対する最大の脅威は潜水艦だし、特殊作戦部隊の侵入/回収にも潜水艦が重用されている。トマホークみたいな巡航ミサイルがあれば "from the sea" の長距離ストライク能力にもなる。かように、潜水艦そのものの重要性はまったく揺るぎがない。

それが証拠に、むしろ冷戦終結後に潜水艦戦力は拡散が進んでいる。手近なところでは韓国、そしてマレーシアやイスラエル、パキスタンなどなど。台湾だって潜水艦を欲しがっている。ポスト冷戦の時代に潜水艦が古臭くて不適合なら、そんなことはあり得ないじゃないか。

「災害派遣は自衛隊の仕事じゃない」については… 呆れた。日本に限らず、軍隊が災害救援に大活躍していることを知らないのか、この人は。アメリカですら、ハリケーンに襲われると軍が被災地に出動しているというのに。


なんでも、防衛庁に削減案を突きつけるに当たり、片山主計官は軍事専門家に意見を聞いたというのだが、おそらく、日本の官僚の常で (いや、官僚に限ったことじゃないが) 自分が最初から決めている結論に合わせて、都合のいいことばかりいう「御用専門家」を呼んだのだろう。

先々週に書いたこととダブるが、マクロ的には冷戦型の軍隊を止めるというのはわかる。しかし問題は、日本の周辺情況が「冷戦型」か、「ポスト冷戦型」かという認識ができていないことじゃないかと思うわけだ。とどのつまり、「周囲がああだから自分とこも」といっているに過ぎないわけで、子供が親にモノをねだるのと変わらない。しかも、もともとの状況認識が怪しすぎる。
ぶっちゃけ、この件にかこつけて予算削減の実績を挙げたいという、個人の功名心だけで動いていないかと指摘してみたい。もちろん、表立ってそんなことを認めるのはあり得ないにしても。

正直な話、防衛庁に削減論を突きつけていることよりも、それに際してのやり方に問題がある。説得するなら、相手が納得してしまうような強力な論拠を出すべきで、御用専門家の意味不明発言を真に受けて「時代遅れ」なんて余計な発言をするから、却って話がややこしくなる。
とどのつまり、霞ヶ関にも永田町にも、軍事問題が分かる「プロ」がいないから、こういうところで馬脚をあらわすわけだ。もっとも、マスコミ各社や市井の納税者・有権者についても、大して事情は変わらないが。

自分がたまたま JDW を取り寄せていて、業界のトレンドを承知している立場だから、先に書いたように実例を挙げて反証することができる。もちろん、防衛庁の関係者にだって同じことができる。余談だが、当サイトには毎日のように、防衛庁や防衛関連メーカー各社から多数のアクセスをいただいている。
が、霞ヶ関や永田町についてはどうだろう ? もっとも、ときどき軍事関連のキーワードで財務省の関係者が MSN や Google を使ってサーチしているのは知っているが、恒常的に体系だった学習をしているかどうかというと、疑問ではある。年間 5 万円ぐらいなのだし、自腹で JDW を買って勉強してみるとか、竹橋にある Jane's の事務所に話を聞きに行くとか、それぐらいやってみたらどうなのか。霞ヶ関も永田町もマスコミ各社も。

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