Opinion : 彩雲って、いいヒコーキなんだけどねえ… (2005/1/24)
 

文林堂の「世界の傑作機」で、中島の艦上偵察機・彩雲 (C6N) が取り上げられるそうだ。予告を見て、嬉しくなってしまった。
エンジンに足を引っ張られているのは承知しているにしても、スマートで、それでいて骨太な外見、戦後にアメリカでテストした際に発揮した 700km/h 近い高速力など、彩雲という飛行機はなかなか、飛行機好きのハートをくすぐるものがある。

特に、あのほっそりした胴体がいい。あれを実現するには「誉」以外のエンジンは考えられなかっただろうから、このエンジンがもっとも相応しかった機体は、四式戦でもなければ紫電改でもなく、実は彩雲かもしれない。

それに、「我に追いつく敵機無し」(「我に追いつくグラマン無し」ともいわれている) という一通の電文のおかげで、この偵察機は伝説になった。もちろん、それは F6F よりいくらか優速というだけの話で、P-47M や P-51D が出てくれば追いつかれてしまう可能性は高いのだが、それはそれ。とりあえず、零戦の宿敵・F6F を振り切っただけでも、日本機好きの溜飲は下がる。

ただ、いつも書いていてることだけれども、「飛行機として優秀」ということと「兵器として優秀/有用」ということは、別の問題だといえる。残念なことだが、事実だ。


以前に「趣味的面白さと現実の狭間 (2004/1/19)」でも取り上げたように、趣味的な面白さと兵器としての価値、あるいは兵器としての実用性は、往々にして相容れないことがある。そして、大戦中の日本のように資源も人材もその他のリソースも限られていた状況下で、どう見ても調達数が限定されるとしか思えない「偵察専用機」を開発するのが妥当な方針だったかといえば、非常に疑問だ。

だいたい、日本よりはるかに資源にも人材にもリソースにも恵まれているアメリカが、わざわざ偵察専用機なんてものを開発せず、戦闘機や爆撃機の流用で済ませているわけで、現実問題としても、そちらの方が合理的だ。それは開発段階の問題だけでなく、実戦配備した後の運用・訓練・兵站支援といった観点から見ても明白なこと。当節ではなおのことで、たいていの国が、戦闘機に偵察ポッドを搭載して済ませている。

ましてや、彩雲は艦上偵察機だ。たかだか 60-80 機程度しか載せられない空母の甲板上を、偵察しかできない飛行機で塞いでしまうことには、まるで合理性が見出せない。しかも、零戦・天山・99 式艦爆 (または彗星)・彩雲と並べてみると分かるが、これらの機種は全部エンジンが違う。そんな、整備上の非効率を引き起こす事態はいかがなものか。

米海軍では急降下爆撃機が索敵兼用で、爆弾を積んで索敵に出て、接敵ついでに爆弾を落とす、なんていう運用をやっていた。そのために航続距離は落ちるわけだが、合理性や作戦上の柔軟性という点では、こちらの方が勝る。それに、兵站支援の観点から見ても、SB2C と TBF は同じ R-2600 系列のエンジンだから、整備もいくらか楽ができただろう。

だから、後知恵を承知で書くならば、多少の速度低下には目をつぶって、偵察・爆撃・雷撃を全部兼用する機体として流星改を育成する、という手もあったかもしれない。ただし、こいつが世に出てみたら AD スカイレイダーに追い回された、というオチがついていた可能性は高そうだ。

結局、彩雲が完成したときには空母機動部隊に載せる出番がなく、陸上基地から発進して、持ち前の大航続力を発揮した遠距離偵察で活躍した。つまり、艦上から発進する戦術用の偵察機というよりも、SR-71 のような戦略偵察機として使われたわけだ。
それならなにも、わざわざ専用の偵察機を開発しなくたって、陸軍の 100 式司偵を使えば済んでしまう話。陸海軍の仲が悪かったにしても、97 式司偵を海軍が採用した実績も、100 式司偵を開戦直後にちょっと借り出した実績もあるのだから、まるっきり不可能な話じゃない。

もちろん、これは今だからいえる後付けの理屈で、彩雲の開発を始めた当初には「載せる空母がなくなってしまった」「陸上基地から発進する戦略偵察機になってしまった」なんて事態は想定していなかったのだろうけれど、それにしても、なんだか不手際な感は拭えない。
しかも、大戦末期になって B-29 の本土空襲が始まってみたら今度は、偵察機として開発されたハズの彩雲 (や 100 式司偵) に斜銃を積み込んで夜間戦闘機として使い始めたのだから、場当たり式にも程がある。もっとも、「歴史は繰り返す」というやつで、アメリカでも A-12 から YF-12A が派生したりしているが、これとてモノにはなっていない。


ひとりのヒコーキ好きとしての個人的好みからいえば、彩雲はとても好きな機体なのだが、兵器としての有用性、そして本来の趣旨で活躍する場を得られる機体だったか、という観点から見ると、辛い点がついてしまう。「いいヒコーキなんだけどねえ…」というタイトルには、そんな思いが入っている。「いい人なんだけどねえ」と似たニュアンスで。
(自分が独身なのを棚に上げていえば、「あの人は美人だし素敵な人だと思うけど、結婚相手になるかというとちょっと…」という感じだろうか ? おっと失礼 :-)

だからといって、彩雲そのものが欠陥機だというのも酷な話。エンジンは欠陥品だったかもしれないが、機体はそうでもない。それに、メーカーの技術者は軍部に要求された通りの機体を作るのが仕事だから、この機体のために航空機開発・製造に関わるリソースを無駄に食いつぶしてしまった責任は、根本的には海軍の航空本部あたりにあるといえる。

結局のところ、軍用機の世界ではよくある話で、彩雲は場所と時期に恵まれなかった機体、ということだろう。それに、例の気難しいエンジンは当時の日本陸海軍の手に余ったわけで、そういう意味でも「性能第一主義」で「偵察専用機」を開発させた海軍の方針には、首を傾げざるを得ない。

彩雲に限らず、特に日本ではこの手の話が多いように感じられるのだが、気のせいだろうか。もっとも、友邦ドイツも夢物語のような珍兵器・馬鹿兵器の研究に相当なリソースをつぎ込んでいたのだから、似たり寄ったりかも知れないけれど。日本もドイツも、自爆して負け方をひどくしてやしませんか。

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