Opinion : LRT ブーム (?) に物申す (2006/5/22)
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あまり「自称平和活動家」の批判ばかりしていると、「ネット右翼」というレッテルを貼られて新聞社が取材に来てしまうかも知れないし、ついついカッカしてしまって自分の精神衛生上もよろしくないので、今週はガラッと話題を変えて。
ここ数年、LRT (Light Rail Transit) が話題になっている。早い話が路面電車だが、性能向上によるスピードアップ、低床化による乗降性向上とバリアフリー化、といった特徴がある。つまり、時代の要請に合わせて路面電車を近代的にしたものと考えればよいと思う。
「鉄」の観点からすると、かつては道路交通の敵扱いされてどんどん廃止されてしまった路面電車が復権するのは喜ばしいことだけれども、前に書いた新交通システムと同じで、単なる「流行りもの」として扱われてしまったのでは意味がない。単に LRT を導入しただけで物事が解決するわけではないし、考えなければならないポイントはいろいろある。そこで、個人的に感じたことをつらつらと。
Q1 : そもそも LRT の利点って何よ
これはもう簡単で、「乗降が楽で、お気軽に利用できる」ということに尽きる。バスも同じだけれど、階段を上がったり降りたり、切符を買ったり改札を通ったり、といった手間をかけずに、街角からホイと乗れる。
1980 年代に、ヨーロッパで「路下電車」を導入している、という話が話題になった。いや、ヨーロッパだけではなくて、たとえばサンフランシスコにもある。
その名の通り、線路を地下に入れて、そこを路面電車の車輌が走る。そして、郊外では地上に出る。なるほど、道路交通に邪魔されないのはよいけれど、路面電車が持つ最大の利点をスポイルしてしまう上に、地下に穴を掘るとなると建設費もかかる。少なくとも地方都市で新設するのには、これは却下だろう。
さらに、低床車を導入することで、この利点が加速する。すでに、熊本、広島、鹿児島、松山、高知、長崎、岡山、富山といった街で、床面高さが線路上から 30cm かそこらしかない "超低床車" の導入事例がある。もちろん、ステップなんてものはない。ヨーロッパでは以前から導入が進んでいる。
超低床車では台車や駆動系の構造に工夫をすることで、床面を低く、かつフラットにしている。これなら車椅子でも乗り降りや移動が楽になるし、健常者にとっても利益は大きい。古い路面電車だと出入口のステップは意外なほど段差があるので、これは特に、小柄な人や高齢者には辛い。
もっとも、逆転の発想で都電荒川線のようにプラットフォームを高くしてしまう方法もある。これなら車輌側に工夫する必要がないが、併用軌道でそんな高いプラットフォームを作るのは現実的ではない。都電荒川線は大半が専用軌道だからできるワザ。
Q2 : じゃあ、LRT の課題って何よ
私見では、スピード。単に走行速度を上げればいいという問題ではなくて、むしろ客扱いの手間が問題だと思う。バスも同様だけれど、一人ずつ小銭で料金を支払う手間は相当なもの。均一運賃でも楽じゃないのに、対距離課金になるともっと面倒になる。
ちょうど、今売りの「鉄道ジャーナル」に富山ライトレールの記事が出ているが、ここでは現金に加えてプリペイドの IC カードを利用できる由。カードをピッと読み取らせるだけで済むし、これは現実的な解決策。ただし、1 回こっきりしか利用しない人にいちいち IC カードを買わせるのは無茶苦茶なので、現金も捨てられない。それでも、全員が現金で支払うよりスピーディになるのでは。
性能面では、併用軌道はともかく、専用軌道ではそれなりに飛ばせないと意味がなくなる。市街地では併用軌道で気軽さを確保、郊外に出たら専用軌道でスピードを確保。また、軌道敷内への車輌進入禁止は絶対条件。だから、警察を味方につけられなければ LRT 導入は諦めた方がいい。
「鉄」の矜持として、併用軌道になっているところをクルマで走るときには、電車が来ていたら絶対に軌道敷に入らない。といっても、自分一人がこれをやっても他のクルマが軌道敷に入ってしまえば無意味なんだけど。
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路面電車に対する規制としては、速度に加えて編成長制限がある。ただ、長編成化するぐらいなら細切れにして、その分だけ運転頻度を増やす方が利用者にとっては利益になる。
ひとつ問題があるとすると、地形。LRT は鉄車輪式の鉄道だから、急勾配にはあまり強くない。長崎なんかは起伏のある街だが、路面電車はその谷底部分を走っている。あまりにも起伏の激しい土地は、LRT の導入には向かないかも知れない。「新交通システム万能論」と同じように、「LRT 万能論」も排斥しないと。
Q3 : でもって、LRT を入れれば万事解決するもの ?
んなこたーない。
整備新幹線でも高速道路でも LRT でも、輸送手段というドンガラを作るだけで放置したら、何も発展しない。特に LRT の場合、「中心街の再生」「自動車交通への依存度低下」「ひいては環境問題への寄与」「高齢化社会を踏まえた、交通弱者に対する足の確保」などなど、いろいろな課題を背負わされる傾向がある。
実は、私の両親が「年をとったら田舎に住むのは大変だ」といって、(地方都市だけれど) 街中に引っ越している。確かに、いちいちクルマに乗らないと何もできないのでは大変で、必要なものが揃っているのなら街中に住む方が便利だ。そういう考え方と LRT 構想をリンクさせるのは、高齢化社会への適応という点で意味がある。
となれば、線路をひいて電車を走らせておしまい、なんていうのは超下策。利用者を増やすための施策、突き詰めれば街作りのマスタープランから徹底的にやらないと意味がなくなってしまう。つまり、こういうこと。
中心街の魅力化。郊外への拡散を改めて、中心街に住む人を増やすための施策を講じる。それは結果として LRT の利用者増加につながるし、中心街の活性化にもなる
郊外のロードサイド大型店よりも、中心街の再開発や区画整理を推進。そのために大手スーパーを巻き込むぐらいのことをしてもいい
必要なら役所や公共施設の再配置も行い、基本的にはコンパクトにまとまった街を作る。そこに基幹交通路として LRT を通す
それと併せて、クルマをできるだけ都心部に入れずに済むように、パーク & ライドなどの施策を講じるのは必須。つまり、郊外部では LRT の駅に隣接して駐車場を確保する必要がある。(これは、中心街に入るクルマを減らすことで、LRT の走行を阻害する要因を減らす効果にもつながる)
現実問題として LRT だけですべてをカバーすることはできないので、既存のバス路線を再編成して競合を避け、むしろ LRT と連携させる方向に持っていく。そのため、乗継券などの施策も必要。LRT のホームにバスを横付けするぐらいのことをやってもいい
パッと思いつくだけでもこんな感じ。
中には、"抵抗勢力" がジャンジャン現れそうな話も含まれている。中心街の再開発なんて、利害関係が対立しまくって収拾がつかないかも知れない。でも、そこまで徹底的にやらないと、結局は中途半端で終わってしまうのでは。そこで、行政の "本気度" が問われる。ファッションや流行で LRT を導入する程度の気構えなら、やらない方がよろし。
つまりは、LRT を "街" を構成するシステムの動脈と位置付けるぐらいの覚悟でやらないと、ということ。単に最新の超低床車を走らせれば LRT だ、なんて簡単な話じゃない。
逆に、徹底した街のリニューアルが実現して活性化に成功すれば、よその土地から人や産業を呼び込むきっかけになるかも知れない。それでこそ「国土の均衡ある発展」と呼べるんじゃないの ?
Q4 : 他に何かいいたいことは ?
利用者に対するプロモーション戦略も大事。ついつい、昔の「チンチン電車」のイメージを引きずって郷愁路線に走りそうになるけれど、それは絶対に却下。
郷愁路線では、見栄坊に「新交通システムの方が格好いいジャン」といわれかねない。だが、新交通システムというのは以前に書いたように "鬼っ子" だから、ヘタに導入すると経費ばかりかかって維持しきれない。第一、路面電車ほど気軽に利用できない。
だからこそ、LRT は先進的なんだ、と強くアピールする必要がある。かつての「チンチン電車」のイメージは窓から投げ捨てて徹底的にイメチェン、駅や車輌のデザインから何から「昔の路面電車とは別物です」「新世紀の交通機関です」という雰囲気を演出することも必要。といっても、それが "テクノロジーの押し売り" に終わってしまっては社会の迷惑だけれど。
コストダウンのためには、LRT を導入しようとする街が複数あれば、車輌や付帯設備の共通化を図るぐらいの覚悟も必要では。ついつい独自色を出す方向に色目を使ってしまいやすいけれど、安い買い物じゃないんだから。
今は LRT が "ブーム" だから追い風が吹いている感じだけれど、そこで調子に乗って LRT 向きでないのに LRT を導入したり、LRT の導入だけで都市政策がついてこなかったり、見栄を張って変なハイテク化に色目を使って失敗したりすると、後に続く街が迷惑する。導入を検討するのは結構だけれど、くれぐれも安直にやって失敗しないでもらいたいもの。
ううむ、一度、観に行った方がいいかも知れないなあ、富山ライトレール。スキーシーズンが終わったら考えてみよう。
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