Opinion : 防衛産業って戦争でボロ儲けできるの ? (2006/8/14)
 

アメリカが戦争を起こすと (なぜか、アメリカも含む特定西側諸国が関わったときしか騒がれないのは不思議)、こんな珍説を主張する人がいる。

  • 「古くなった兵器を在庫処分するために戦争を始めやがった」
  • 「これは防衛産業が儲けるために仕掛けた戦争だ」
  • 「軍産複合体の高笑いが聞こえる」
  • etc, etc

とりあえず一言。「あなたたち、エリア 88 の読み過ぎです」。


「エリア 88」には、世界各国の兵器メーカーが裏で結託して、戦争を始めるところから終わらせるところまでコントロールして、兵器供給でウハウハになる「プロジェクト 4」なるアブナイ集団が出てくる。架空のストーリーのことで、そもそも戦争の推移を外部からコントロールできるという筋書きからして非現実的なのだけれど、それはともかく。

そもそも、「戦争になると防衛産業が儲かる」という文面からして、「防衛産業」の幅が広すぎて解釈に困る。昔だったら、大砲・銃器・軍艦・軍用機・AFV を製造しているメーカーあたりを「防衛産業」といえば良かったけれど、当節では IT 化・COTS (Commercial-off-the-Shelf) 化が進んでいるから、話がややこしくなっている。

つまり、防衛産業に見えない会社が軍用品を製造していたり、民間向けに製造したものが軍事転用されていたりする。その話は、例の「タフブック騒動」の際に書いた。民間向けに売られているものと同じ PC が、ソフトウェアを入れ替えるだけで兵器用にバケラッタしてしまう。ヨドバシカメラで売っている「お掃除ロボット」のメーカーは、米軍の爆弾処理ロボットも作っている。日本製のピックアップトラックはテロリストや軍閥の愛用品だ。

だから、そもそもの「防衛産業」の定義からして見直さないといけないし、「防衛産業が儲かっている」というのであれば、関連する諸企業の防衛関連部門だけをピックアップして論じないといけない。だが、「防衛産業儲けてる説」を主張する人に、そもそもそういう認識があるのかどうか。

それに、平時と戦時を比較して、戦時になると急に増産されるものが何なのかを考えて論じている人が、いったいどれだけおるか。第二次世界大戦みたいに何年間も国家総力戦をやるのであればいざ知らず、昨今では戦時になったからといって、急に戦闘機や艦艇の増産なんてやらない。せいぜい減耗補充程度 (ウソだと思ったら、米国防総省の契約情報を見てみるとよい)。M1 戦車や M2 歩兵戦闘車なんかは、冷戦期に作りすぎたやつが余っているから、減耗補充の新造すら必要としない。

戦時に消費が急増するのは、個人用装備や弾薬類、それと燃料などの消耗品がメインになる。米軍では最近になって、ボディ・アーマーや暗視装置など個人用装備の調達が急増しているが、単価は比較的小さいから数が出ても利益は知れている。むしろ数が出るから値切られかねない。あとは兵士に支払う手当が増えるかもしれないが、それは装備品を作っているメーカーとは関係がない。

その弾薬からして、小銃・機関銃の弾や対戦車ミサイルぐらいならともかく、値の張る高性能なミサイルは、イラクでやっているようなテロリスト相手の撃ち合いでは出番がない。空対空ミサイルなんて撃つ相手がいない。GPS 誘導爆弾 JDAM なら使われているが、そんな毎日のように何百発もガンガン使っているわけではない。それに、JDAM はハイテク兵器の中ではお値段が安い部類に入る優等生だ。

戦時になれば、戦闘で損傷した車輌などの修理が発生するが、これは平時より確実に増える。でも、度が過ぎると今度は正面装備の新規調達予算が削られるから、トータルで見れば「戦時だから儲かる」とはなりにくい。


そもそも、政府を動かして戦争を仕掛けられるぐらいの発言力がありそうな大手メーカーの状況はどうかというと、むしろ戦時になると割を食いかねない立場にある。というのは、この手のメーカーが得意としているのは大掛かりなシステムもので、戦時になると急に消費が増える類のものではないから。

たとえば、Lockheed Martin 社がまとめた 2005 年分の annaul report を見てみると、売上の半分以上を Systems & IT Group が稼ぎ出している。Lockheed Martin というと真っ先に連想される Aeronautics 部門は全体の 1/4 程度、残りは Space 部門となっている。F-22A の生産スケジュールをわざと引き延ばしてラインに穴を空けないようにしようと腐心している状況にも納得がいく。

Boeing 社の場合、売上の 4 割ぐらいは民間航空機部門が稼ぎ出している。「911」の後、2002 年にガクッと落ち込んでいるが、それを補うほどに Integrated Defense Systems 部門の売上が急増しているわけでもない。Aircraft and Weapon Systems 部門は伸びているが、それとて 2005 年の時点でやっと、民間機部門の半分。

Northrop Grumman 社はどうか。ここも「航空機メーカー」と思われがちで、未だに「グラマン社」と書くトンチキな新聞記者がいるぐらいだが (日本経済新聞を「中外商業新報」と呼ぶようなもんだぞ)、ここの売上の半分以上は Information & Services 部門と Electronics 部門のもの。Aerospace 部門は 29%、Ships 部門に至っては 19% を占めるに過ぎない (2005 年の場合)。
しかも、利益になると Ships 部門はますます分が悪い。Electronic Systems 部門の売上と利益の比率が $6,642 : $710 なのに対して、Ships 部門だと $5,786 : $241 (単位はいずれも 100 万ドル)。2005 年はハリケーン被害があったせいもあろうが、過去の年が際だって良いわけでもない。

これらのデータを記した資料は、IR (Investor Relation) 用として各社の Web サイトで公開しているものを誰でもダウンロードできるので、秘密でも何でもない。それに、この手の大手メーカーがドンガラよりもアンコとシステム・インテグレーションを主な商売にしているという話は、拙著「戦うコンピュータ」にもちゃんと書いてある。

イギリスなんかはもっと過激。昨年、英国防省がまとめた DIS (Defence Industrial Strategy) では、「ドンガラの製造は外国のメーカーに任せてしまってもよろし。イギリスの企業はシステム・インテグレーションのような、ハイテクで高付加価値でノウハウが要る分野に集中する」といいだした。ことによったら、そのうち英国海軍の軍艦の中には、船体を他国で作らせて、そこにイギリス製のミッション・システムを載せるものが出てくるかもしれない。

ヨーロッパの防衛関連大手というと EADS 社。実は、ここの利益の多くは傘下の Airbus Industry が稼ぎ出していて、防衛分野が寄与する比率はビックリするぐらい低い。はっきりいってしまえば、防衛部門は目立つ割に儲かってないということ。だから、社運を賭した A380 の納入遅延がものすごいボディブローになっている。それにヨーロッパ企業は特に、受注獲得のために利益を度外視したり、常識ではあり得ないようなオフセットを提示したりすることが少なくないし。

戦争が「実況」というか「日常生活の一部」と化しているイスラエルで、しかも実戦で真っ先に需要が発生しそうな小火器・弾薬・AFV の類を手がけている IMI (Israel Military Industries) 社が、なんと赤字続きでヒーヒーいっていて、事業の切り売りを進めている。こんな話は、「イスラエルの戦争好き」を非難する皆さんは御存じないんでないの ?

これらの話を簡単にまとめてしまえば、目先の戦争で必要な消耗品や作戦経費のために予算を食われてしまい、その分だけ大手防衛関連メーカーが得意とする大型正面装備に予算が回ってこなくなるということ。その正面装備も、システムの大規模化・複雑化でスケジュール遅延やコスト上昇、それに伴うキャンセルや規模縮小のリスクが大きくなっていて、必ずしも儲かるとは限らない。
現に、アメリカでは DD(X) も Virginia 級攻撃型原潜も F-22A も F-35 JSF も FCS (Future Combat System) も衛星関連のビッグ・プロジェクトも、そして MD 関連ですら予算削減のターゲットにしようと狙われまくっているし、何かというとコストやスケジュールが問題視されている。

もちろん、それなりに需要増になっている分野もあるし、システムもの、IT ものにも戦時ならではの出番はある。
そして、全体的に見れば売上が増えている傾向はある。ただ、それが戦争と直接的に結びついているとは限らないし、モノによってはむしろ戦時の方が割を食う状況になりやすい。だから、大手メーカー首脳の本音は案外と「とっとと戦争なんか終わらせて、うちのビッグ・プロジェクトに予算を回してくれんかね」なんてところかもしれない。


「在庫処分」の話に至っては、もう噴飯モノ。卵や牛乳や野菜やコロッケじゃあるまいし、放っておいたら腐るから投げ売り処分するって性質のモノではない。砲弾・銃弾ならわざわざ実戦で消費しなくても、演習でガンガン撃てば済む。

湾岸戦争のときに、「トマホークの在庫処分」なんてことを、まことしやかに口にする人がいた。あほらし。1 発 1 億円以上もするモノを、わざわざ地球を半周した先まで運んで行って在庫処分するために、50 万の大軍を送り込んで戦争を始める馬鹿がどこにおるか。
第一、トマホークはコンポーネント化が進んでいるから、古くなったらそこのパーツだけ取り替えれば済む。所要のモジュールさえ揃えれば、核弾頭付きトマホークを通常弾頭型に作り替えることだってできる。わざわざ在庫処分のために戦争を起こすぐらいなら、演習で実弾を撃ってもらう方が安上がり (どっちにしてもメーカーが製造するモノや値段に変わりはないのだから)。この辺の事情は、他のミサイルも似たり寄ったり。

いや、戦闘機や艦艇、AFV の類でも事情は同じ。当節では何でも、古くなったらコンポーネント単位でアップグレードするのが普通。B-52 なんか改修に改修を重ねて、大半のパーツが入れ替わっているといってもいいぐらい。AH-64D はほとんど全部が AH-64A からの改修機だし、M1A2 戦車だって同じこと。
そんなことも知らないで、「古くなったら在庫処分」とは笑わせてくれる。経費を使って戦争するぐらいなら、古くなって用廃にしたやつを同盟国に買ってもらう方がよほど得なのに。

さらにいえば、どこの国でも装備調達費より人件糧食費なんかの方が多いし、戦時になると増えるのは装備調達費より O&M (Operation and Maintenance) 費。その意外なほど少ない装備調達費で、一国を支えて政策を左右できるほどに強大な軍産複合体が成立・維持できるはずがない。それに、国家経済の中で防衛関連支出が占める比率も含めて、ちっとは統計や財政支出の数字を見てみてはどうか。

戦争を起こすことで防衛産業が儲けていると主張するなら、せめて「儲かってる会社がゾロゾロいるぞ」「この会社では、こんなに防衛分野だけが突出して儲けてるぞ」という証拠の IR 資料ぐらい提示してみては。ねぇ杉さま。


はっきりいってしまえば、自国で戦争を起こさせて需要を創造するぐらいなら、中東のお金持ち諸国に「大人買い」してもらう方が、よほど儲かるのでは。ちょうど石油の相場が上がっているせいでウハウハだろうし。自前の防衛産業や人的資源が乏しい国なら、「コピー機・プリンタのビジネスモデル」で、納入後のサポート業務や消耗品で長期的にお代を頂戴できるわけだから、単発の戦争に依存するよりもはるかに美味しい。これホント。

それに、売る相手を間違えなければ非難もされない。ヨーロッパで「サウジアラビアへのタイフーン輸出ハンターイ !!!!!1」とデモした人がいたっけか ? (あー、売る相手がイスラエルだったらデモになったかも :-p)


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