Opinion : 防衛産業って戦争でボロ儲けできるの ? その後 (2006/8/28)
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毎日恒例のログ解析で、リファラをたどってリンク元を見たり、そのリンク元のひとつである mixi 某コミュニティにおけるやりとりをウォッチングしたりしていた。そうしたら、8/14 付の記事「防衛産業って戦争でボロ儲けできるの ?」について、あちこちから妙な反応がボロボロと出てきた。
その 1 : 話をすり替える
「防衛産業は戦争でボロ儲けできるか」がテーマになっているのに、いつの間にか話の内容を普遍化して、「防衛産業はボロ儲けできるか」という話にすり替えている人がいた。
本題は「防衛産業はボロ儲けするために戦争を起こさせる」という都市伝説の話なのに、「防衛産業が儲からないなら、どうして防衛分野に手を染める会社が無くならないのか」とトンチンカンなことをいっている。元記事では「平時でも儲からない」なんて書いてないし、それどころか「中東産油国に大人買いしてもらう方が (戦争なんか起こすよりも) 儲かる」とまで書いているのに。
そもそも、商売でやっている以上、どんな産業でも適正な利潤は必要。それは民間企業でも国営企業でも同じこと。といっても、不必要に暴利をむさぼることがないようにする必要はあるから、そのために各国に会計検査機関が設けられて眼を光らせている。平和活動家の人も、よく GAO なんかの監査報告書を引き合いに出して、新兵器の開発プロジェクトを批判しているじゃないか。
他所のサイトでも、研究開発費の話なんかを持ち出している人がいた。戦時の話をしているのだから、ボロ儲けできるほどに戦時需要が急増するものとは何なのか、を問題にしているのに。それに、ここ 10 年ほどのアメリカの国防支出に占める研究開発費の比率を調べると、特に上がっているわけでも下がっているわけでもない。もっとも、総支出は増えているから絶対額は増えているが、それとて以前と比べれば知れている。
イラク・アフガニスタンにおける IED 対策みたいに、いざ戦争になってみたら必要性が判明して、あわてて多額の予算をつぎ込む羽目になった種類のものもある。ただし、それは「防衛産業がボロ儲けするために戦争を起こす」のとは因果関係が完全に逆。そこまで見込んで戦争を起こさせるような超能力者がいたら、ぜひとも面を拝んでみたい (笑)
その 2 : 売上と利益を混同する
「OIF (Operation Iraqi Freedom) が始まった後で売上が増えているだろう」と書いているサイトもあった。問題は、その売上増加と OIF、というより 2001 年以降のいわゆる「対テロ戦争」が、どの程度の因果関係を持つかということ。単に「OIF の後で売上が増えた」というだけでは、状況証拠に過ぎないのでは ?
M&A による世界的な業界再編が進んでいる昨今、相次ぐ買収で業容を拡大した結果として急速に売上を増やした事例もある (例 : L-3 Communications)。そんな理由に拠る売上の増加と戦争とは、直接的には関係なかろうに。
そもそも、みんなで大儲けしてウハウハになっているような業界ならパイの分け前は多いから、業界再編の必要性は乏しい。そうじゃないから、得意分野への特化や合併によるスケール・メリットの追求で生き残りを図っているのだ。
第一、売上が増えたからボロ儲けという意味にはならない。儲けとは売上から経費を引いた利益のことだ。「売上が増えたからボロ儲けしている」と主張する人はきっと、「収入」と「所得」の区別もついていないんじゃないか。だったら、そういう人は「所得」じゃなくて「収入」を基準にして納税すればいい (こらこら)
「兵器メーカーは戦争になると需要が増えるから、政治家を焚きつけて戦争を起こさせて云々」というのは分かりやすい図式ではあるものの、往々にして論拠が怪しかったり、引き合いに出している事例がいい加減だったりする。
しつこいけれども、「戦争でボロ儲けしている。そのために政府を焚きつけて戦争させている」という話を立証するのであれば、
「戦争勃発で○○の需要が増加」
「その○○を手がけている△△社の××部門の売上が■■万ドルも増加」
「さらに、同部門の利益率も ◇◇% 増加」
「かつ、△△社の政府に対する影響力はこんなに大きい」
という一連の図式について、具体的な数字をつけて提示する必要がある。そうすれば説得力がある。
だが、それが反論者にはもっとも欠けている点。どこかで戦争が始まった後に売上が急増したメーカーがあったとしても、その売上急増が M&A によるものだったり、あるいは戦時需要と関係ない部門によるものだったりしたのでは、「戦争でボロ儲け」とはいわない。
それに、この件について「儲かっている」と主張する人に限って、具体的な論拠となる数字を明示しているのは見たことがない。「儲かります」というだけで具体的な数字が出てこなかったり、「笑ってしまったよ」と書くだけで、何がどうおかしいのか指摘できなかったり。せめて、「軍需産業って、そんなに儲かるのですか ?」(OKWave) で「儲からない」派の方が提示しているように、具体的な数字を出してもらわないことには話にならない。笑うだけならサルでもできる。
噴飯モノだったのは、某所で見かけた「(防衛産業が) 儲かっているという事実は揺らがない」という発言。事実といっている割にはソースをひとつも提示していない。揺るがぬ事実だと断言するなら、ソースのひとつぐらい出せるのでは ?
おまけに、この手の人に対して具体的な資料や数字を持ち出して論破しようとすると「捏造だ」「本当の数字は隠されている」「数字が操作されている」といいだすのが常。だから、捏造だというなら捏造の証拠をつかんでいて、それを踏まえていっているハズではないのかと、それを出さずに陰謀論に逃げるとは何事かと (以下無限ループ)
メーカーが投資家向けに公表している IR 資料が虚偽だと主張するのであれば、そのメーカーは株主に対して嘘の報告をしていることになる。私は 2 週間前に IR 資料を引き合いに出していろいろ書いたけれども、それが嘘だと主張するなら、それはすなわち当該メーカーがウソツキだと主張している、ということ。もしも虚偽でなかったら、どう責任をとるつもりだろう。名誉毀損で訴えられても知らんぞ。
国家経済に対する貢献度、影響度という意味でも同じこと。対 GDP 比の数字ひとつ見ただけでも、「アメリカ経済が軍事支出に依存している」という言説がガセネタなのは一目瞭然。ついでに書けば、現在よりも 1980 年代の「レーガン軍拡」時代の方が、アメリカの政府支出に占める国防予算の比率ははるかに高かった。
そのことは、先に上の方でリンクした OKWave の投稿でも分かる。リンク先にはアメリカ政府などの統計資料から抜粋した数字が掲載されているが、数字のままでは分かりにくいので、Excel にぶち込んでグラフにしてみた。それがこれ。
Fig.1 : ベトナム戦争終結を境に、政府支出に占める国防予算の比率は激減している。レーガン政権時代に持ち直しているが、現在でもその水準には至っていない。
ついでにいえば、アメリカだけでなく NATO 諸国でも、国防支出の対 GDP 比は 2-3% 程度で、しかも装備調達費はそのまた半分以下。そういう話は意図的か偶然か知らないけれど、「儲かる派」の人には無視されている。
Fig.2 : 政府支出の分野別に、対 GDP 比を出してみたもの。現時点で、国防関連支出が GDP に占める比率は 5% にも満たない。これでも「アメリカ経済は国防支出に依存している」というか ? 第二次世界大戦の頃ならともかく。
Fig.3 : 民間投資支出や輸出入が落ち込むタイミングはおおむね、中東の戦乱などが原因で石油相場が急上昇したときと合致する傾向がある。
この、輸出入と民間投資支出の統計は面白い。石油価格が急上昇すると経済の足を引っ張る傾向が見て取れる。もっとも、2000-2002 年にかけての落ち込みは違うかも知れないが、この頃から中東でドンパチしていた事実はある。ともあれ、百歩譲ってアメリカが防衛産業のために戦争を起こすのだとしても、中東以外の場所を選んで石油価格に響かないようにしないと、却って自分の首を絞めることになるのは確か。さて、ところで現実は ?
それに、防衛関連産業のすべてが軍との商売だと主張すれば、それはまた欺瞞になる。たとえば、Northrop Grumman 社の年次報告書なんか見ると、売上発生源の多くが「Gevernment」になっているが、政府すなわち国防総省ではない。Northrop Grumman 社は沿岸警備隊のビッグプロジェクト・Deepwater 計画の主契約社だが、沿岸警備隊は国防総省じゃなくて国土安全保障省 (DHS) の傘下だ。
逆に、関係がありそうなものなら何でもかんでも「防衛産業」に入れてしまう人もいる (たとえば、糧食を納入している会社とか)。それもひとつの解釈だけれど、それならそれで最初に「自分が考える防衛産業の定義とは」という立ち位置を明確にする必要がある。それに、定義の幅を広く取ったところで、それが戦時と平時で需要に変化があるか無いかはケース・バイ・ケース。
軍が落とすおカネで商売しているということなら、米軍や自衛隊の基地があるところで店を開いている飲食店なんかも、広義の防衛関連産業になってしまう。でも、それは極論というもの。
しばらく前に、浜松市の郊外・航空自衛隊浜松基地の近所で「北基地」という名前の麻雀屋か何かを見た記憶があるが、いくらなんでも社会通念に照らして考えれば、これを防衛関連産業とはいわない。以上蛇足。
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ついでにいえば、政府に対する影響力の度合という観点から見ると、フランス政府が大株主になっている Thales や EADS、イタリア政府が大株主になっている Finmeccanica、ロシア政府お抱えの兵器輸出公社・Rosoboronexport なんかについてはどうか。政治献金がどーとかこーとかいう問題ではない。政府が直接的な利害関係者になっていれば、「軍産複合体」どころか両者は一体化している。ヨーロッパではもともと、国有、ないしは国営の防衛関連産業が多いことでもあるし。
実際、イタリアはさほどでもないけれど、フランスやロシアが大統領・国防相以下、国を挙げてあちこちの国に兵器の売り込みに行くのは業界の常識。最近だと、フランスの Michele Alliot-Marie 国防相が北アフリカ諸国を行脚したり、サウジアラビアに行って軍事協力合意を取り付けたりしている。これはどこでもやっていることだけれど、特に仏露両国は露骨。そういう話は無視して、アメリカの軍産複合体だけ非難するんですかそうですか。
というか、平和運動家の皆さんは確か、イラクで戦争が始まるかどうかという頃に「アメリカに反対するフランスはエライ」って褒めてなかったっけ ? そのイラクに、戦闘機をゴッソリ、さらに原子炉まで売ったのはどこの国だったっけ ?
結局のところ、具体的な数字を出さずに「防衛産業に依存するアメリカ経済」「防衛産業を儲けさせるために戦争するアメリカ政府」という都市伝説を流布した上で、それを利用して情緒的な反戦・反米活動を煽っている、という構図が浮かび上がってくる。
どこかで聞いたような話だと思ったら。目の前の事実や具体的な数字よりも精神論を重視しがちだった帝国陸・海軍と同じ体質が、今の日本の "平和運動" にもかいま見える、といったら言い過ぎだろうか。
以前なら、そういうやり方が通用したかも知れない。しかし最近では、情緒的に反戦を願うだけでは話にならないらしい、という認識が静かに広まってきていて、それがテポドン騒動などによって、図らずも補強されているのが現状ではないか。
戦争をしないで済むならそれに越したことはないが、現状の反対運動のやり方はむしろ、反戦運動全体に対する不信感を強める結果になりかねない。防備を固めまくった blog を展開する「無防備宣言」にも同じことがいえるが。
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