Opinion : 人はなぜ陰謀論にハマるのか (2006/11/6)
 

「世に陰謀論の種は尽きまじ」というかどうかは知らないけれど、実際、さまざまな事件に関して陰謀論の存在を主張する人がいる。たとえば、太平洋戦争の開戦に関して「ルーズヴェルト陰謀論」があるし、最近だと「911 陰謀論」もある。当コラムの常連さんなら御存知の「防衛産業陰謀論」もある。

しばらく前だと、よく書店に「ユダヤ陰謀論」の本がいろいろ並んでいたけれど、最近ではあまり目立たない。売れなくなったので出さなくなったのか、それともユダヤ陰謀論がガセネタだと確定したのか、はてさて。

自作自演と尋問官と陰謀論と (2005/12/19)」で書いたように、陰謀を成立させるには関係者全員が口裏合わせをして、巧妙な隠蔽工作を図る必要がある。表沙汰になってしまったら、それは陰謀とはいわない。だから、素人がビデオをパッと見ただけで「これは公表された事実に反する、陰謀だ」なんていうことになってしまうとすれば、それは陰謀だとしてもレベルが低すぎるわけで。

それに、陰謀論を唱える人がいれば反論する人がいて、陰謀論者が掲げる "証拠" とやらが、あっさり撃沈される事例はたくさんある。にもかかわらず、陰謀論にすがりつく人は後を絶たない。なんなんだ。


この、陰謀論にすがる人の存在については、以前からいろいろ考えていた。この手の人に共通するパターンをひとつ挙げると、「世間一般に流布されている "真実" を受け入れることに拒否反応を示す」だろうか。

つまり、「世間では○○事件については△△という説が定着している。でも、そんなハズはない、そんなことはあってはならない、うっうっうっ」という意識がまず存在していて、そんなところにピタリと嵌る陰謀論が提示されると、パッと飛びついてしまうというわけ。

たとえば「911 陰謀論」を例にとってみよう。おそらく、これにハマる人はもともと「ブッシュに戦争の口実を与えてしまった事件が真実だなんて、そんな話は受け入れたくない」という考えを持っているのではないか。仮に「911」がアルカイダの仕業だとすると、アルカイダ退治を名目に OEF (Operation Enduring Freedom) をおっぱじめる理由になってしまう。「911」が戦争を始めるための陰謀だということにすれば、そんな状況に反発する心理状態への正当性を与えてくれる。

これに限らず、何か個人的に気に入らない方向に世の中が進んでいるときに、自分が求めている結論に都合がいい話 (つまり陰謀論) があると、ダボハゼのように食いついてしまう… つまり、まず固定された結論があって、それを裏付ける "証拠" を鵜の目鷹の目で探し求めている人ほど、陰謀論にハマる可能性が高いのではないか、なんてことを考えてみた。その際、問題の陰謀論に説得力があるかどうかは別問題で、とにかく陰謀論を唱える人がいれば、それを「都合のいい真実」としてスコンと受け入れてしまう。

さらに、陰謀論の内容は「実はそうだったのか !」的なインパクトが強ければ強いほどよろしい。そして、世間に知られた悪役を主役に据えた上で、あまり世間に知られていないようなキーワードが、いっぱいちりばめられているのがよろしい。
それは、誰でも知っているような類の話だけだとインパクトが弱まるから。知名度が低くて「そんなモノがあったのか !」という反応を引き出せるキーワードがあると、陰謀論を補強するのに効果的なんじゃないかと (例 : 「911 陰謀論」における RQ-4 グローバルホーク UAV)。この「実はそうだったのか !」というインパクトを受け手に与えられるかどうかで、優秀な陰謀論メーカー (なんだそれ) かどうかの資質が問われると思う。

ただ、これには落とし穴があって、いったん「実はそうだったのか !」的な話題を提供して人気を得てしまうと、さらに刺激の強い陰謀論に邁進してしまいがち。エロビデオと一緒で、刺激にはやがて慣れてしまうもの。そうなると、ますます強い刺激を求めてしまうから。


陰謀論とはちと違うけれども、たとえば白燐弾デマゴーグ。業界筋では白燐弾なんて何十年も前から知られた存在だけれど、一般的な知名度は乏しい。だから、一般には馴染みのない「白燐弾」という目新しいキーワード (これがポイント) を持ち出した上で、「燃焼温度は 5,000 度だ」とか「人体だけを焼き尽くす脅威の残虐兵器」とか「米軍の最新兵器」とかいう類の刺激的な文言を付け加えれば、これでデマゴーグが一丁上がり。

実際、白燐弾のことを米軍の最新兵器だと主張して止まないアイタタな blog が、当サイトのアクセスログでリファラにひっかかっていたことがある。白燐を使った弾薬なんて、第二次世界大戦の頃から使ってるってば。

多分、こういうデマゴーグにあっさりひっかかる人は、以下の写真に「海上自衛隊が洋上で白燐弾を使用しています !」とキャプションをつけたら、コロリと信じ込んでしまうんじゃないか ?

白燐弾じゃなくて IR フレア

上の写真、本当は IR フレアなので、お間違いのなきよう。フレアはそもそも赤外線を出すのが主目的なので、発煙を主目的として用いられる白燐では無意味。赤外線にもいろいろ波長があるので、煙突やジェットエンジンの排気ガスから出るものと近い波長の赤外線を出さないと、赤外線誘導ミサイルに対する欺瞞にはならない。
第一、艦艇の主要熱源たる煙突付近が、例のデマゴーグでいうところの「5,000 度で燃焼する白燐弾」と同じぐらいの温度になってると思う ?

というように事実を積み上げて考えられる人なら、簡単に陰謀論にひっかかることはないのだろうけれど。


物事を検証するという見地からすると、「結論先にありき」で「それに適合する証拠に飛びつく」というのは、褒められた態度とはいえない。「これは実際にはどうなのだろう ?」といってデータを集めるのではなくて、「こういう結論に適合する話はないか ?」となるわけだから。理学部・工学部あたりの大学生が、実験レポートをこんな態度で書いたら落第だ。いや、どこの学部でもこんな調子でレポートを書いたら落第だ。

ただし現実問題としては、「結論先にありき」でそれに適合する話しか受け入れない、いわば精神的遮断器ができて思考停止してしまっている人が少なくない。厄介なことに、そういう人ほど陰謀論に騙される。もとい、陰謀論を積極的に受け入れる。

それに、そういう人ほど、自分が気に入らない話を突きつけられると逆ギレして発言封鎖に走る。似たような精神構造の持ち主が、「核保有について議論すべきだ」(核保有すべきだ、ではないところがポイント) と発言した閣僚の罷免を求めているそうだけれど、これも「気に入らないものは見たくない」という思考停止を起こしている点では同根。

となると、まわりにイエスマンばかり集めた独裁者なんかも似たような思考回路になりがちだけれど、独裁者って陰謀論にひっかかりやすいんだろうか ? もっとも、独裁者が喜びそうな陰謀論というのは、あまり聞いたことがないけれど。

といったところで連想した話がひとつ。
最近、マスコミの中に「世論が思い通りの方向に動かない」と逆ギレしたのか、ヘンテコリンな言説を振りまいているケースが見受けられる。でも、陰謀論とはまた次元の違う問題だし、そのうち話がまとまったところで取り上げてみたい。

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