Opinion : "正しいこと" と論理飛躍の怪しい関係 (2006/12/11)
|
すでに御存知の方もいらっしゃると思うけれど、うちの blog のコメント欄で図らずも (?)、面白いことをいう人が現れた。いわく。
アメリカ人の利益の為の国家を「イラク人の利益の為」とごまかすことにより成立させることを追求した米国の戦略が失敗したのです。したがって米国は敗北を自認しイラクから退却するべきでしょう。
(中略)
日本はいかなる意味でも当事者ではないのですから。いかなる正当性も獲得できなかった (アメリカにとってはそれだけで済んだがイラクは人民と国土をずたずたにされた) イラク占領への荷担を直ちに止めるだけのことです。
で、以上の主張は一国平和主義とも理想主義とも何の関係もありません。泥沼はすぐに抜け出さなければますます深くなり (60 年前の日本のように) 平和だった本土が焦土になることさえ起こるのです。これはリアリズムです。
(Text by 野原燐氏)
ふー、びっくりした。それ、ほんとなのかなあ。
アメリカがイラクで大失敗したのは事実だけれども、「失敗したから出て行け」と連呼したところで、事態が解決するとは思えない。むしろ、自分の尻は自分でちゃんと拭けと主張する方が、まだしも理に叶っている。
そもそも、現状でイラクを放り出したらどういうことになるか、については当該エントリのコメ欄に書いたので、ここでは繰り返さない。それに、これから書くことの本題は、イラク問題の解決とは別件だし。
で、日本がイラクに関わり続けると日本が焦土になるって ? それはすごい。
この件に限らず、何かを主張するときにいきなり論理が飛躍して、「A が実現すると Z という事態になるから反対だ」と主張する人をよく見かける。「A が実現したら B という事態を招き、その結果として C という事態に至るから反対」と話がつながって起承転結がしっかりしていればまだしも、いきなり飛躍した結論を持ち出すのはいかがなものか。
典型例が「防衛庁を防衛省にすると徴兵制になる」「防衛庁を防衛省にすると戦争に巻き込まれる」という類の論法。「防衛省」を「改憲」、「徴兵制」を「侵略」に置き換えてもいい。
この論で問題なのは、防衛庁の組織をどう位置づけるか、あるいは憲法 9 条をどうするかという問題が、いきなり「徴兵制」「侵略」という、まるっきり別個の問題に飛躍すること。
たとえば徴兵制云々についていえば、徴兵制にすることのメリットとデメリット、それが日本の現状に照らして理に叶っているかどうか、という話をすっ飛ばして、いきなり「徴兵制になるから反対」とするから訳が分からなくなる。
現実問題として、少なくとも先進諸国で徴兵制を新規導入した事例はないし、むしろ東欧の NATO 新規加盟国を代表格として、"all-volunteer-force"、つまり完全志願制に移行しようとしている国ばかりだ。その理由は簡単。
徴兵制のメリットは、比較的低コスト、かつ確実に兵隊の頭数を揃えられる点にある。つまり、兵隊の質よりも頭数がモノをいう場面でこそ、徴兵制を導入するメリットがある。(それでも、軍隊を動かす基幹となる下士官や士官は徴兵ではどうにもならないので、職業軍人にしないといけないが)
ところがその一方で、徴兵制だと決まった勤務年限が過ぎたら娑婆に戻すことになるから、高度化したウェポン・システムの取り扱いを時間をかけて習熟させる必要がある現代の軍隊事情には合わない。昔なら艦艇や航空機に限られていた「高度化したウェポン・システム」も、今では陸戦兵器の分野まで広まってきているし、Land Warrior に代表されるようなハイテク個人用戦闘装備が普及すれば、その傾向はいっそう強まる。
それに、平和維持活動やその他の民事支援活動、対テロ戦に代表されるような不正規戦というように任務様態が多様化している昨今、それらに対応できるように十分な訓練を施すには時間も手間もかかる。数年ごとに人員が入れ替わる徴兵制では、そんな状況に対応できない。
そんなこんなで、時間をかけて所要の訓練を施せる環境を整えるには、最初からそのつもりで志願してくるプロの軍人が必要、よって完全志願制に移行する、という話になる。ただし韓国は徴兵制を止める様子がないが、あそこは地続きの隣国が百万単位の陸軍を抱えているという特殊事情があるので頭数が必要になる。といっても、これは例外的存在。日本が島国でよかった。
だいたい、平和主義者の皆さんが御嫌いなアメリカの軍隊は、四半世紀以上も前から完全志願制だよ ? そのことだけでも、もう論理破綻しているんじゃないの。
|
「日本が海外派兵を云々」という主張にしても、荒唐無稽としかいいようがない。PKO 任務や国家再建支援みたいな MOOTW (Military Operations Other Than War) と、他国を軍事力で持って強引に併合しようとする侵略行為を一緒くたにする時点でムチャクチャ。いや、一緒くたにしているスーダン大統領みたいなのもいるけれど。
そもそも、日本が現時点でどこかの国に領土的野心を抱いて併合を企てているだろうか ? たとえば「竹島を軍事力で奪還する」なんて公言している政治家がいたっけか ? それに、他国に大軍を送り込めるような輸送力、後方支援能力を持ち合わせていたっけか ? 意思と能力は車の両輪。そのどちらか一方が欠けても「軍事力による他国の制圧」は成立しない。
冒頭でネタにした「焦土」の話にしても、日本全土を太平洋戦争末期並みに焼け野原にしようと思ったら、どれだけの仕事が必要になるかを検討した結果の発言とは思えない。太平洋戦争では M69 焼夷弾や M47 焼夷弾などを合計 16 万トン以上もばら撒いたが、いまどき、そんな能力を備えている国がいったいどこにあるか。
それに、今の日本の建物は太平洋戦争当時よりもずっと燃えにくくなっている。仮にテロリストが爆弾事件を起こしたところで、せいぜい街の 1-2 ブロックぐらいを壊すのが関の山。「太平洋戦争みたいな焦土」からは程遠い。
つまりは、「焦土」なんてのは核兵器を使うのでもなければ不可能な相談だし、そうなると今度は、日本がイラク再建事業に関与することと核兵器の因果関係が意味不明になってしまう。日本がイラクに関わり続けると、どこかの国が日本に核ミサイルを撃ち込むとでもいうのだろうか。それとも、日本がイラクに関わり続けると、地震兵器を使って国土を破壊する奴が出るとでもいうのだろうか (おいおい)
というように論理的に考えれば、例示したような論理飛躍は簡単に撃破できる。にもかかわらず、この手の言説が後を絶たないのはなぜか。それは、「多くの人が嫌悪感を持ちそうな話につなげれば、自分が掲げる意見に対する支持が増えるはずだ」という考えが根底にあるのだと思われる。そりゃ誰だって、無理やり兵隊に取られるのも、自国が焦土と化すのも嫌だ。そういう話に結びつければ支持を得られる、と考えるのも無理はない。
だがちょっと待って欲しい。
そういう考え方は、「自分が正しいと信じていることのためなら、何をやってもかまわない」ということではないだろうか。それは大変な危険思想だと思う。私がこういうことを書いているのも、それが正しいと信じているからだけれど、それを多くの人に受け入れてもらうためなら何をやってもいい… ハズがない。
そもそも、人によってモノの考え方はさまざまだ。日本では言論の自由が認められているから、どんな考え方を持とうが自由だけれども、それゆえに対立意見というものは必ず出てくる。そのときに、対立する双方の意見の持ち主が互いに「自分の主張を受け入れさせるためなら、何をやってもかまわない」と考えたら、いったいどういうことになるか。
だいたい、「正義のためなら手段を選ばず」というのは多くのテロリストが愛用している論法だ。「アメリカは自分勝手で思慮が足りなくて怪しからん」はいはいその通り。でも、だからといって旅客機を乗っ取ってビルに突っ込ませたり、爆弾事件を引き起こしたり、暗殺事件を引き起こしたりしていいハズがない。
己の理想を実現するためなら何をやってもいい、というのでは世界が崩壊する。イラクで宗派間対立にケリがつかないのも、パレスチナやレバノンなどで戦乱が絶えないのも、「俺の意見が絶対正しい、己の主張を通すためなら手段は選ばず」という考えが背景にあるからではないのか。
話を飛躍させてシッチャカメッチャカな論法を振りかざしつつ「防衛庁の省への格上げ反対」「教育基本法改正反対」「改憲反対」「MD 反対」などと主張するアジリテーター*1 諸氏は、「目的のためなら手段は選ばず、論理破綻など知ったことか。俺の主張が絶対に正しい」という考え方の危険性を認識していないとしか思えない。
これは以前に取り上げた「政府・与党の足を引っ張るためなら手段は選ばず、なんでも手当たり次第にあら捜し」の野党にもいえること。そういうやり方が国民的支持を得られているかどうか、一度、胸に手を当てて考え直したほうがいいのではないか。
*1 : 「ファシリテーター」と「アジテーション」を組み合わせた私の造語。やたらと声だけはでかい活動家を指す
そういうわけで、起承転結を無視して超飛躍した論理を展開することで「○○ハンターイ」と連呼している人のことは、鵜呑みにしないで疑ってかかるぐらいでちょうどいいのではないか、と思った。往々にして「結論先にありき」で、都合のいい話をつなぎ合わせたストーリーを後からデッチ上げているものだから。
「目的のためなら手段は選ばず」「正しいと信じたことのためなら何をやってもかまわない」という考え方、あるいはそれを具現化した行動こそ、ファッショだしテロリズムにつながるのだと思うよ ?
|