Opinion : 望遠鏡・顕微鏡としての語学 (2006/12/18)
 

先日、たまたま機会があってアクセスした先の blog で、blog 主であるカナダ在住の日本語教師の人が、「防衛庁の装備調達はなんでも秘密にしている。SM-3 を買いますとかなんとか、いちいち教えてくれない」とボヤいていた

そこで、私の blog からトラックバックを送信する形で「(SM-3 や SM-2 なら FMS 案件だから) アメリカの DSCA (Defense Securiy Cooperation Agency) が議会に通告してますよ」と、わざわざ当該文書へのリンクまでつけた状態で御注進して差し上げた。そしたらなんと、拙 blog のコメント欄で以下のように逆ギレされてしまった。

日本人が英語の文献を読めると思いますか ? 日本語の文献がないのだったら、秘密裏にやっているということじゃないですか ?

せっかく面倒見の良さを発揮して教えてあげたのに (←自分でいうな)、どうして私が「カナダからの手紙」で怒られなきゃいけないの。どーして ?

だいたい、「英語で書いたら秘密扱い」なんてことになったら、Microsoft のサポート技術情報 (KB : Knowledge Base) や開発者向け情報なんて、もう英語だらけ。あれって、情報を秘匿するために暗号化してるってことなの ? 英語のままでもいいから、迅速に情報を流す方を優先してるってことだと思ったんだけど ?


ところで。
「最後の海軍大将・井上成美」(文春文庫、宮野澄 著) に、こんな一節がある。

私は外国語というものは、顕微鏡か望遠鏡の働きをするといっていたんですよ。なんだかはっきりしない遠いところのもの、あるいは小さいものでも、それを使うことによってはっきりする。

これは、井上成美大将が太平洋戦争中に兵学校の校長をしていたとき、英語の授業を止める話に反対した話に関連して出てきた発言。英語廃止に抵抗した件が美談かどうかはここでは論じないけれど、外国語が分かることに対する意味付けとしては、時代を問わず、普遍的に通用する発言じゃないかと思う。

実際、当サイトでは海外ソースから集めたネタを毎週金曜日更新で「今週の軍事関連ニュース」として掲載しており、相応のアクセスをいただいている。日本語で見る方がラクチンだから、少なからぬ方からアクセスを頂戴するのだろうけれど、本当なら英語の元記事にあたる方が早い。「外国語が望遠鏡の働きをする」の典型例じゃないかと思う。

どこの国でも軍事組織に「秘密」はつきものだけれど、特に米軍の場合、「秘密」にするものは徹底的に隠蔽する一方で、そうでないものはとことん公開するというメリハリが激しい。だから、その気になれば相当に大量のデータを集めることができるし、「中国は米軍の秘密範囲外ネットワーク (non-classified IP network) から、10-20TB のデータをダウンロードしている」(JDW 2006/10/25) なんていう事態にもなる。

でも、集めたデータも内容を読めなければ意味がない。幸い、アメリカは英語圏の国だから、文書類はみんな英語で書かれている。よって、英語が分かる人なら米軍がらみの一次情報へのアクセスがやりやすい。まさに「望遠鏡」。

しかも、日本では中学校から英語の授業をやっているのだから、お役所の公開文書ぐらい、時間をかければちゃんと読解できても不思議はないはず。これは DoD に限ったことではなくて、メーカー各社のプレスリリースや、以前に「防衛産業って戦争でボロ儲けできるの ?」で取り上げた IR 資料も同じこと。文学作品じゃないのだから、誰でも間違わずに理解できるように平易な表現で書いてあるのが普通だし。

なのに、英語で書かれた文書しかないといって癇癪を起こすのは、いささかヒステリー反応の度が過ぎるのではないかと。太平洋戦争当時の通信兵みたいにナバホ語を使っているのなら、「秘密にしている」と怒ってもいいと思うけれど。


もっとも、軍事関連の英語の場合、専門用語の解釈を間違えると、トンでもないことになってしまう。OIF (Operation Iraqi Freedom) が真っ盛りのときに、試しに米軍のプレスリリースを翻訳サイトの機械翻訳にかけてみたら、それはそれは素晴らしい日本語訳ができてしまった。

だから、専門性の高い分野についていえば、「英語」が分かるだけでは不十分で、さらに「業界用語」に関する知識が必要になる。新聞・TV などで軍事関連英語の珍訳が後を絶たないのも、その辺のギャップのせい。この場合、業界用語に関する知識が「顕微鏡 or 望遠鏡」の役割を果たしている。
といっても、これは時間をかけて学習していけばどうにかできる種類のものだから、決定的なボトルネックとはいえないはず。

軍事関連に限らず、IT 関連も事情は同じ。その他の分野でも "本場" に位置付けられる国の言葉が強いから、英語が必須だったり、フランス語が必須だったり、ドイツ語が必須だったり、イタリア語が必須だったりする。みんな同じことじゃないの。


ただ、学校の英語の授業というと、どうしても受験の道具という色彩を帯びてくることになりやすいので、文法がどうとかこうとかいう、あまり「面白くない」方面に内容を向けてしまうことになりがち。もちろん文法だって大事だけれど、受験だけでは、英語を学ぶための動機付けになりにくそうではある。

となると、軍事だとか IT だとか、英語なしではどうにも回っていかない分野に関心がある人は、それをテコにして英語に浸かることで、結果として英語に慣れることができて有利かも知れない。もっとも、DoD の報道向け資料を読めたって受験の役には立たないだろうけど、それより先の領域で、「英語慣れ」することのメリットを享受できることだってあるだろうし。というか、語学を "受験の道具" だけにとどめちゃったらつまらない。

井上成美大将は「英語は歌で覚えるのがよい」という信条だったそうだけれど、「興味がある分野で覚えればよい」も間違いじゃないと思う。とっかかりがなんであれ、そこから波及する形で英語そのものになじめれば、決して損にはならないはず。いや、英語に限らず、どこの言葉でも同じことだと思う。

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