Opinion : 火事と喧嘩はネットの華 (2007/2/26)
 

週末に体調を崩して沈没してしまったので、今日はちょっと軽めの話題で。
「火事」といっても、昨今話題になっている "炎上" のことではなくて、いわゆる議論のフレームアップのこと。


昔からいわれていることだけれど、パソ通でも ML でも掲示板でも mixi 日記のコメントでも何でも、文字だけのやりとりだと微妙なニュアンスが伝わらなくて、字面を字面通りに解釈してしまう等の事情から、不必要にもめてしまうケースがある。そういうのは、誤解が解ければ自然と収まることが多いからまだいいけれども、いわゆるバトルの状態になると始末が悪い。

私自身、NIFTY-Serve 時代から通算すると 16-17 年ぐらいのネット歴があるから、バトルを眺めたことも、当事者になったこともある。昔は若かったから (おい)、バトルの当事者になると「いかにして相手を論破するか」というところにばかり脳漿を絞ったものだけれど、実はそいつは若気の至りというもので、アプローチを変えた方がいいんじゃないかというのが最近の考え。

だいたい、ネット上のバトルとかフレームアップとかいわれるものは、最初は筋道立てて相手の意見に反論しようとしていたものが、だんだんと "相手に勝つ" こと自体が目的になってしまい、以下のような道筋をたどるんじゃないだろうか。

  • 相手の発言を 1 行ごとに「>」付きで引用しては個別に反論する
  • 自分の発言を補強できそうなネタ (または相手の発言を潰せそうなネタ) を探してきてはコピペしまくる
  • そのうち、そもそも当初に何の話が原因でバトルが勃発したのか分からなくなってしまい、話があらぬ方向に脱線して…
  • どちらか一方の当事者が耐えきれなくなって逆ギレ、後はグダグダ

やっている当事者は頭に血が上っているから、バトルしている相手のことしか目に入らない。でも、それを傍から眺めていると「何だかなあ」と思ってしまうこともしばしば。これ、自分が過去にやらかしたことの反省も兼ねて書いている。

メールでやりとりしている分には当事者だけの話だから関係ないけれど、たいていのバトルは公開されている場所で起こるものだから、実は数百人、場合によっては数千人、数万人の観客がいる。なのに、そのことをついつい失念してしまう。


前に「批判・反論を許せない人々」で書いたことともダブるけれど、自著、あるいはネット上で某かの言説を公にすれば、それに賛同する人も反発する人もいる。反発するのは個人の自由だから構わないけれど、それに対してどういう対応を取るのかが問題。

たとえば、私が書いたことに対して、誰かが自分の blog か何かで批判的なことを書いたとする。それをたまたまログ解析のリファラなんかで引っかけると、そのことは私の知るところとなる。そこでどう対応するか。

実のところ、特に政治的な話題が絡むバトルになると、一方が折れて終わることが滅多にない。どちらも自分の信念が正しいと思っているから、いかに理詰めで説得されようが何しようが、それで「はい、私が間違ってました、すみません」となることは滅多にない。

そんな事情もあるし、こちらもネット上でバトルばかりしているとメシの食い上げになるから、いちいち気にしないというのが正直なところ。書かれている批判がまっとうだと思えば自分の意識に取り入れたり元記事に加筆したりするし、「なんだこれ」と思えばスルーする。(ただし、メールを頂戴した場合には、礼を失した相手、あるいは話が通じそうにない相手でなければ、できるだけちゃんと返事するようにしている)

でも、世の中にはそれができなくて、相手のところに喧嘩を売りにいってしまう人がいる。そこで最初から「バトルモード」に入って喧嘩腰に噛みつくと、「火事と喧嘩はネットの華」ということでフレームアップするのはよくあるパターン。

私の場合、自分から相手のところに乗り込んで喧嘩を売りに行くことは滅多にしないけれど、喧嘩を売られたらどうするか。普通に真正面から応戦して説得を試みてもいいけれど、特に最初から喧嘩腰でかかってきた人の場合、相手が説得されたり、あるいは非を認めたりする可能性は低い。

そこで意識しなければならないのが、サイレント魔女リティ、違う、サイレントマジョリティの存在。自分まで一緒になって喧嘩腰で応戦するのは愚策、かといって理詰めで相手を説得しようとするのも往々にして無間地獄になるので愚策。となると、喧嘩腰でかかってきた相手には、自爆してお引き取りいただくのが無難な落としどころかな (どこがじゃ)、というのが最近の考え。

あくまで自分は冷静に応対しつつ、相手の発言の間違っているところ、筋が通らないところをチクチクとつつく (そのとき、論理的な整合性や一貫性を崩さないように注意)。当初から喧嘩腰でかかってくるような相手であれば、そのうち我慢できなくなって暴発するのが常。
観客、つまりサイレント魔女リティ (←しつこい) サイレントマジョリティの立場からすれば、冷静な応対に対して、逆ギレ・暴言・支離滅裂な話の展開を見せた側が、どうみても旗色が悪い。そうやって、相手が自分で自分の印象を悪くしてくれれば、バトルの内容とは無関係にこちらの勝ち。という考え方。

それに、そういう感情的な対応しかできない人は論理的整合性についても怪しくて、自分が掲げる結論に都合がいい言説をかき集めてきてコピペすることしかできない場合が多い。それ故に "自分の考え" として咀嚼できていないから、反論しやすかったりする。

さらなる高等戦術として、噛みついてきた人の存在を逆手にとって自分の意見を広めるための「講座」を開いてしまうという手もあるけれど、これはさすがに状況を選ぶかも知れない。


もっとも、私とて完璧ではないから、ときどき感情が先行して大失敗することもある。どう見ても自分の旗色が悪いなと思ったら、とりあえず退却して体勢を立て直すことも必要で、そこのところの見極めが難しい。つまり、「スルー」と「引き際」が、不必要に騒ぎを大きくしないためのコツなのかなあと。

とはいえ、何も起こらずに平穏無事に過ごせるのであれば、その方がイイに決まってるけれど。

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