Opinion : プライドを保とうとして自滅する人々 (2007/3/26)
 

突然だけれど、ふと気になったので、Microsoft Bookshelf で「プライド」の意味を確認してみた。(そんな名前の TV 番組があったような気がするけれど、そっちの話じゃなくて)

プライド
〔pride〕誇り。自尊心。
用例・作例
―が高い人
―を傷つける

Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997

なるほど。

私は毎週、ここで飽きもせずに書きたいことをいろいろ書いている。もちろん、ときには事実誤認に基づいてしまった等の事情で、大外ししたものもある。後からログ解析でリファラをたどり、間違いに容赦なく突っ込みが入っているのを見て焦ったことも。

でも、間違っていることを間違っていると書かれるのは仕方ない。過去に何度も書いているように、やっちっゃたことについては反省して、同じ間違いを繰り返さないようにするしかない。それは仕事の上でも同じことで、自分の著作について「ここが間違ってる」とか「これでは物足りない」とかいう類の突っ込みが入ったら、それは次の著作で信頼を取り返しに行くしかない。


というのが常識かと思ったら、そう思わない人もいるから妙なもの。世の中の多様性を認める観点からすると、そういう人が存在するという事実は受け入れる必要がある。

前に「批判・反論を許せない人々 (2007/1/8)」で書いた話とも通じるけれど、自分のことを批判した人のところ、自分と意見が合わない人のところにわざわざ乗り込んでいって、喧嘩を売る人がいる。

それがまともな議論の形になっていればまだしも、まさに字義通り「喧嘩を売って」しまう場合があるから始末が悪い。まさにプライドが邪魔をしたケースで、「俺様の意見にケチを付けるなんて怪しからん」「俺様の論説に反対するなんて怪しからん」というロジックで、相手を嘲笑・罵倒してしまうというわけ。いわゆるひとつの脊髄反射というやつ ?

でも、それをライブでやるならまだしも、ネットでやるのは自殺行為。当節、そんなことをして人目につけば、あっという間にスクリーンショットを撮られて Web 魚拓をとられて、さらに文面をコピー & ペーストでばらまかれるのがオチ。自分が突撃した先以外のところに、どんどん話が広がってしまう。そして、その痕跡はインターネットがある限り、どこかに永遠に残る。

そういうことをすれば却って評判が悪くなり、結果としてプライドを傷つけるだけ。自尊心が原因で自虐になってしまったのでは、シャレにならない。なのに、そのことが分かっていない人が後を絶たない。

「なんでまた、そんなことになっちゃうんだろう」と思ったけれど、多分、こういう行為に走る人は、そもそものプライドが「完全無欠のロックンローラー 完全無欠な俺様」というイメージに拠っているのかなあ、と考えた。自分は完全無欠で文句のつけようがない存在だ、と思うからこそ、自分の意見に反対する者の存在は許せないし、自分を批判する人を罵倒しても許される、という考えなのかなあと。

この仮説が正しいとすると、それってプライドの持ち方としてはどうなんだろう。

何の間違いも失敗もしたことがない、なんて人はおそらくいないだろうし、そうなると「完全無欠であること」に誇りを求めるのは無理がある。何かひとつでも、それが特別に秀でたものでなくてもいいから、得意なこと、他人に評価されることがある、というだけで十分にプライドを維持できると思うのは、水準が低いのかなあ ?

もうひとつ考えられるのは、絶対評価じゃなくて相対評価のワナにはまってしまい、ライバルを殊更にコキ下ろすことで相対的に自らの優位を強調、それによってプライドを維持しようとするパターン。意見が合わない人のところに暴言・罵倒・嘲笑で喧嘩を売る場合、このパターンが当てはまることも考えられそう。


「完全無欠であること」にプライドを求めるのは個人に限った話じゃなくて、いわゆる「愛国心」についても似たところがある。ときどき、「愛国心」という言葉を勘違いして「自国のマイナス点を否定するのが愛国心だ」と思っている人がいるようだけれど、そりゃ違う。どんな国にも黒歴史の一つや二つはあるものだし、そのことを否定してみても始まらない。

ただし、その黒歴史を殊更に強調することで政治的に利用する、あるいは外交のためのツールとして利用する動きについては話が別。国家権力にはとにかく何でもケチをつけるのが正義だ、という考えの下で黒歴史を引き合いに出して利用するのも、似たようなもの。それはいわゆる結論先行型というやつじゃないか。

この国にだって、おかしなこと、正確には私がおかしいと思っていることはいろいろあるけれども、だからといって、私は日本のことを嫌いになったりしない。この国の土地や自然やその他いろいろ、いいことだっていろいろあるのだから、それで十分に「美しい国」といえるんじゃないのかと。ときには隣の芝生が青く見えることもあるけれど、だからといって他国に逃亡しようとは思わない。少なくとも現時点では。


何か壁にぶち当たったとき、苦労しているときに、プライドや矜持といったもので自分を精神的に支えるのは、ここ一番の気力を維持する上で重要なこと。でも、そのプライドを維持しようとしてトンチンカンな対応をするのは、却ってマイナスの効果を生むだけなのに… なんてことを思わされることが多い、今日この頃。せめて、自分が同じ失敗をしないように気をつけないと。

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