Opinion : 発言には気をつけましょう、という一例 (2013/6/3)
 

先日、嘉手納の 18th WG (18th Wing) に所属する F-15 が墜落事故を起こして、空自の救難隊がパイロットを救出した。それに関連して出回った記事の中に、こんなくだりが。

沖縄国公労の白石幸嗣委員長は「なぜわざわざ自衛隊が米軍を救助したのか。自衛隊が米軍に完全に組み込まれ、事故があれば自衛隊が米軍の救助部隊になるよう想定していたのではないか」と疑問を呈した。

この話を聞いて「米軍だろうが誰だろうが、救出するのは当然」「トモダチ作戦というのもあったじゃないか」などと怒る声が、自分の身辺でワラワラと吹き上がった。

確かにこれは不用心な発言だろう、というのが正直な感想。後段については後で書くとして、最初の文章だけトリミングして火をつける人が出てくるのは容易に想像できる。だいたい、こんな発言をしたら「米軍関係者は事故で命を落としてもいいというのか」とか「米軍は気に入らない存在だから死んでしまえというのか」と怒り出す人が出てきても、不思議はなさそう。


ただ、そこで頭を冷やして全体を読んでみると、「自衛隊と米軍の一体化」に反対だというのが本来の趣旨なのだろう、という結論になる。確かに以前から、「日本がアメリカの戦争に巻き込まれる」とか「一緒に侵略行為に荷担させられる」とか「米軍基地があると日本が攻撃される」とかいう類の、要は日米同盟・日米安保に反対する主張はいろいろ。

それが正しいかどうかについて論じるのが本稿の趣旨ではないので措いておくとして、問題は冒頭の一文。

「日米同盟に反対」というのが本来の趣旨ならば、冒頭の一文は余計である。こういう発言をすればどう受け止められるか、どういうトリミングをされるか、というところまで思いが至らないところが本質的な問題。

つまり、「憎悪の感情がアンコントロール状態になっている」「周囲の状況が思い通りに進んでいないことに対して、忍耐とか地道な説得・主張とかいったことができなくなっている」ということではないのか ? ということ。

それに、こういう発言をすれば「ああ、この手の人達が "人命は地球より重い" なんて発言しても信用されないし、相手にもされないよね」「結局のところ、自分達と主張を異にする人や敵対する人、憎悪の対象になっている人の人命はどうでもいいのね」という話になってしまいそうである。

ぶっちゃけると、日本の「反米運動」とか「左翼運動」が広範な支持を得られずにいるのは、根っこの部分に、こういう発言がポロッと出てきてしまう体質があるからではないのかと。普段はきれい事をいっていても、何かの拍子に本音が出てしまうのではないか、とみられてしまう。

そういう意味では、先日に書いた「反原発という主張や、それを信じた自分の支えを求めるために、福島県や福島県民の不幸を願う人」と共通する部分があるように思える。

こういう発言が出てきて、それに対して誰も疑問を呈したり諫めたりしなかったのなら、もう「断末魔」といってよいのではないか ?


とどのつまり、こういう発言が出てくる背景には「同じ意見、考え方を持つ者同士で内向きに固まってしまい、自分達の言動が外からどう見えるか」ということまで考えが至らなくなっている事情があるのではないか、と推察してみた。

お仲間同士であれば、よほどのことがなければ「自己批判」はしないものだし、ことにこの手の反基地運動であれば、加勢して報道してくれるメディアもいる。そういう状況に安住してしまい、今回みたいな「なくてもいいフレーズ」までくっついた発言が飛び出したり、運動の手法が暴走してしまったり、運動すること自体が目的と化した自己満足的な行動に走ったり、ということになるのかなと。

なにも「反基地」に限らず、他所の分野でも似たような話はいろいろありそう。

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