Opinion : 防衛産業の定義について考えてみた (2006/9/18)
|
今週は (も ?) 与太話をひとつ。
なんか知らないけど、8/14 付の記事 でネタにしたのが多少は影響したのか、「防衛産業は儲かるか論争」というのがあちこちで起きているらしい。リファラをたどっていくと、そんな話を書いた blog や、水掛け論をやっている mixi コミュニティなんかに行き当たったりする。
そもそも元記事は「防衛産業は戦争を起こすと儲かる。だから政治家を焚きつけて戦争を起こさせている」という俗説に対するカウンターオピニオンのつもりで書いた。そのときにもちょっと触れたことだけれども、そもそもの「防衛産業」の定義を曖昧にしたままだったので、その話について。
一般に「防衛産業」というと連想されるのは、いわゆる「ほげほげ重工」系の、戦車とか戦闘機とか艦艇とかミサイルとか、そういう目立つ正面装備を作っている会社だと思う。あとは軍隊以外ではほとんど用がない物品、たとえば重火器・砲熕兵器・弾薬類などを製造している会社。
確かに、それはそれで立派な防衛関連産業だけれども、以前から何度も書いているように、国防支出に占める装備調達費の比率なんてのは半分にも満たないし、正面装備だけで装備調達費をすべて使っているわけではない。それ以外の支出がいろいろとあるはずだけれども、どこに消えるのかという話になる。
それに、いくらなんでも給与の支出先までは追求しないとしても、糧食費やその他いろいろな消耗品の部分では、外部の業者と取引が発生しているはず。装備調達費だけでなく、そういう部分の「関連産業」も存在する。
また、装備品の幅が広がってきていることや、業務の民間委託が進んでいることを考慮すると、「ほげほげ重工」系の会社だけで防衛産業を語るのは無理があるし、むしろ間違いを引き起こす危険性にもつながるのでよろしくない。
それでは、8/28 付記事の後半で書いたように、防衛関連支出が行き着く先なら何でもかんでも「防衛産業」と認定してしまう考え方はどうか。確かにそういう考え方もあるが、直接的なモノから、さらにその先の間接的なところまでたどってイモヅル式に話を拡大すると、回り回って誰でもみんな防衛関連産業、そこの貴方も防衛関連産業、てなことになりかねない。
たとえば、パイロット向けの航空加給食として卵を出す。となると、卵を納入している会社だか農家だかは防衛産業ということになってしまう。すると、その卵を製造するために必要な雌鳥の育成・納入元や、雌鳥に食べさせる餌を製造・販売している会社はどうなる、餌、あるいは納入する卵の容器や梱包、輸送を担当している会社は、さらに関連するあれやこれや… とかいう話になって、その先はエンドレスだから書かない。
じゃあ、軍と直接契約しているところだけに限定する ? すると今度は、大型正面装備につきものの、数百社にのぼる副契約社がすっぽ抜けてしまう。これはいくらなんでもおかしい。F-35 の主契約社は Lockheed Martin だけれども、これだけが防衛関連で、副契約社としてコンポーネントを納入している会社は違います、なんてことはあり得ない。
ともあれ、「軍でしか出番がないような物品・その他の役務を直接、あるいは間接的に納入している会社」とするのが、ひとつの無難な落としどころではないかと思える。
…というところまで具体例を挙げて論じている人が、特にいわゆる反戦派の人にどれだけいるかというと、ちと疑問。往々にして「ほげほげ重工」系の会社ばかりを引き合いに出しているあたり、思考回路が 1960 年代でストップしているようにも見える。
もっとも、「儲かっている」の論拠となるはずの具体的な数字すら出そうとしないぐらいだから、定義付けを明確にする、なんていう辛気くさい作業は嫌なのかしらん。と思ってみたりして。
ついでに書くと、Halliburton 社と現アメリカ副大統領の癒着があーたらこたら、と書き立てている人はわんさといるけれども、実際に米軍の LOGCAP (Logistics Civil Augmentation Program) 契約を受注しているのは同社傘下の KBR (Kellogg, Brown & Root Services) 社だということや、具体的に何をしているのかを理解している人は少ない。なにしろ、日本語のページで "LOGCAP" をキーにしてググると 89 件しかないことが、この言葉の知名度の低さを物語る。
実際にはどうかというと、たとえば宿営地を建設・運営したり、そこで給養施設を運営してメシを食わせたり、物資輸送の車両隊を走らせたり、燃料その他を補給したり、飛行場のベース・オペレーションを担当したり、果ては郵便業務までやったりしているらしい。やってることは民間向けの商売と大して違わない。ただ、レッキとした軍の契約だし、軍を相手に商売をしているのだから、これは防衛産業に分類すべき。ああややこしい。
ところがややこしいことに、「軍でしか出番がないような物品・その他の役務」という定義にすると、また例外が発生する。それが民生品転用、いわゆる COTS (Commercial off-the Shelf) の分野。特に最近増えてきている IT 関連。
以前にネタにした Panasonic Toughbook が典型例で、ブツは民間向けの製品と同じだけれども、動作しているソフトウェアが軍用品。となると、ソフトウェアを作っている会社は防衛関連産業ということでよいとしても、ハードウェアを作っている松下はどうなのか。軍用品のつもりで作っているわけではないし、軍の専用品というわけでもない。
何も松下に限った問題ではなくて、DELL でも Microsoft でも Intel でも HP でも Sun Microsystems でも Cisco Systems でも Juniper Networks でも Oracle でも Matrox でも、民間向けと同じ製品を軍にも納入している。最近では軍用ネットワークも IP 化が進んでいるが、TCP/IP に軍用も民生用もない。そういえば、Linux で動いている艦船用指揮管制装置というものもあった。
衛星通信なんかは、自前の軍用通信衛星を持ってる国が極めて少数なので、多くの国は民間向けの衛星通信会社と契約して回線を借りている。さあ、この場合に衛星通信会社は防衛関連産業か否か ?
直近の話題だと、核実験のシミュレーション用スーパーコンピュータで使用することになった、プレステ 3 の Cell。Cell が核兵器の開発に使われるなら、ソニー・東芝・IBM は防衛関連産業 ? もっとも、東芝と IBM は別件でも防衛分野に関わっているから、問題になるとしたらソニーか。
ところで。核兵器に反対で、民生品の軍事利用にも反対なら、当然ながらこの件についても何か発言があって然るべきなんじゃないですかね ? > 誰とはなく
では、防衛関連の売上が総売上に占める比率で区切れば解決 ? たとえば、半分以上とか、30% 以上とか。しかしそうすると、防衛関連の売上が全体の 10% しかない三菱重工が、比率の設定次第では抜け落ちる。だからといって、三菱重工を対象に含めたいがために比率の設定を恣意的にずらすのは、いい態度とはいえない。三菱重工が防衛関連産業だという点で、衆目の一致するところではあるにしても。
それなら、防衛関連の契約が 1 件でもあれば防衛関連産業ということに… すると、上の方で書いた話に逆噴射。以下無限ループ。
こんな調子だから、そもそも「防衛産業とは」という定義についてまとめるだけで大変だし、それについて多くの人の間でコンセンサスをとるのはもっと大変。定義を拡大したい人、縮小したい人といろいろ出てきて、ワヤワヤになって水掛け論になって大論争になって罵り合いに発展して揚げ足の取り合いになって、いつの間にやら当初の話題なんて忘れられてしまうかもしれない。
といっても、防衛産業について論じる際にこの手の定義付けはどうしても必要なので、「儲かる vs 儲からない」論だけでなく、そんなところでも議論してみたら面白いんじゃなかろうか。と、すでにあちこちでやっているらしい論争に薪をくべるようなことを書いたところで、今週はおしまい。
|