Opinion : ほっとけないホワイトバンド (2005/8/1)
 

前に「日記」のコーナーでも軽く触れたネタだけれど、やはり「ほっとけない」と思ったので、もう少し真剣に書いてみることにした。そう、「ほっとけない、世界のまずしさ」とかいうキャッチフレーズを掲げている、いわゆるホワイトバンドのこと。

これは貧困に苦しんでいる国があるということを認識してもらうための運動で、その象徴としてシリコン製の「ホワイトバンド」を \300- で購入、それを腕につけるのだと理解している。ホワイトバンドを売ることで得られた収益は、キャンペーンのための経費、あるいは NGO の活動資金に充てられるということらしい。
そして、ホワイトバンドを身に付けることで「意思表示」を行い、国の政策を変えましょう。と、そういうお題目なのだと理解している。

一見したところ、立派な運動に見えるのだが、なんだか腑に落ちない点もいろいろ。

たとえば、件のホワイトバンドが「中国製」というところ。
一般に、貧困に苦しんでいる人が多い地域というと、アフリカが真っ先に連想される。しかし、中国製のホワイトバンドを製造・輸送することでかかる経費は、間違いなく中国国内に落ちるわけだ。先に示した収益の使途と併せると、この活動によって得られる資金のうち、本来のターゲットたるべき国や地域に回る分は、たいした比率にならないと想像される。

もし、この理解が間違っているということであれば、具体的な使途明細を公表すべきだと思うのだが、どうだろう。


たとえばアフリカの貧困をどうにかしたいというなら、できるだけアフリカにおカネが落ちる仕組みを作る必要がある。それも、一過性のものではなくて、継続的な仕組みを。ムードではなくて、実利を。
少なくとも、農産物や天然資源に恵まれている国はいくつもあるわけで、それを適正な価格で購入して、さらに生産国内における適正な利益分配を実現できれば、貧困と呼ばれる問題のうち、少なからぬ部分は解消されるはず。昨今話題のスーダンなんか、原油高のおかげでウハウハ、といわれていてもおかしくない。ナイジェリアあたりも同類か。

もっとも、この「適正な利益分配」というところが厄介者。独裁者が現れて身内だけで利益を独占してしまい、それに反感を持った「反政府運動」が立ち上がる。そして、その反政府運動に対して他所の国から人やカネや武器の支援が渡り、首尾よく政権がひっくり返されると、またぞろ同じことの繰り返し… そんな無限ループのパターンが少なくない。それではいつになっても収拾不可能。債務の棒引きごときで解決する問題じゃない。

国家が発展途上の場合、組織だって活動できるのは軍隊だけ、ということが多いので、ちょいと政治的野心とカリスマ性を備えた軍人がいれば、たちまち武力クーデターで体制転覆、その後は先に記したものと同様の無限ループ、というパターンが多いと見受けられる。だが、そんなことを繰り返していたのでは、いくら外部の人間が「貧困の解決を」と叫んだところで焼け石に水。民意もヘッタクレもあったものではないし、適正な利益分配なんて絵空事でしかない。

とどのつまり、そこに住んでいる国民ひとりひとりが、おかしな連中を追い出して国をまともにしたいという意思を持ち、それを行動に移さなければ、周りがいくら世話を焼き、資金をつぎ込んだところで、事態が良くなるはずがない。怪しげな武装勢力がいろいろ入り込んで、「反米」という大義名分を掲げて爆弾遊びをやっているイラクにも、似たことがいえるけれど。


つまり、「民主的な政治プロセス」と「政治に口を出さないプロの軍人・警察」(これは治安を確保するために必須) が車の両輪で、そこに「公正な商取引」「適正な利益分配を可能にする政治・経済メカニズム」「国外からの投資と人材の流入」「教育・医療の改善」といった施策をブレンドしないことには、事態は変わりっこない。場合によっては、ボトルネック要因を取り除くために、外部から政治的・経済的・軍事的圧力をかけることも必要ではないか。

ただし、その「圧力」をどこか特定の国が単独でかけるのは、特定の国に対する利益誘導につながりやすいので、よろしくない。AU (African Union) みたいな地域的枠組みを使って、集団で動くようにする必要がある。さらに国際社会からの監視の目を加えることで、特定の国が自国の利益だけのために暴走する事態への抑止力になり得る。

その AU は独自に、平和維持任務に従事する即応旅団を地域別に立ち上げようとしている。このシステムが有用性を実証できて、「アフリカで発生したトラブルをアフリカの力で解決できる」ということになれば、そこそこの抑止力として機能できるのではないか、と思える。なによりも、「自力解決」というところが重要。
なにも、最新ハイテク装備で固めた「デジタル旅団」にする必要はないし、誘導爆弾も巡航ミサイルもステルス戦闘機も要らない。ちゃんとした訓練を受けて、規律と交戦規則を身につけた、不必要に政治に首を突っ込まないプロの軍人がいればよろしい。それを実現するために、適切な訓練を提供する等の形で先進国の軍隊が支援するのもよい。というより、それが必須か。

アメリカは、アフリカ諸国の軍隊に対して装備品を供与しても使いこなせず、大して効果が上がらなかったという反省をしたらしい。それを受けて、海兵隊や特殊作戦部隊 (グリーンベレー) を使った訓練実施、とりわけ教官の育成に重点を移して、アフリカ諸国が自力で自国内の治安を維持できる体制を実現しようと考えている。

そこで登場した構想のひとつが、TSCTI (Trans-Sahara Counterterrorism Initiative)。「TSCTI」でググると日本語のサイトがひとつもヒットしないぐらいだから (本稿執筆時点)、こういった話題に対する関心の低さが見て取れる。その TSCTI については、とりあえずこの辺を参照されたい。英語だけれど。

こういうことを書くと、「アメリカ陰謀論」が大好きな人たちが、あれこれとイチャモンを付ける姿が容易に想像できる。だが、どれだけ成果が上がるかは今後の課題であるにしても、TSCTI という取り組みの方向性は正しいと思う。軍事分野に限らず、単にカネやモノを無償供与して終わり、というのは最大の愚策。軍事面にしろ経済面にしろ政治面にしろ、継続的に自立できる体制を作る支援をしなければ。


あと、経済的な圧力についていえば。
政府がアホで適正な利益分配をできずにいる国の製品は買わないとか、政府と国民が自覚を持って正常化に向けて努力している国と優先的に取引する、とかいった工夫は、個人や民間企業のレベルでも、それなりに実行可能なはず。また、不適切な利益分配に加担している企業に対して不買運動を起こすのもいい。だからといって、ヒステリックになってしまうのもどうかと思うけれど。

経済制裁というのは、国家が政策として掲げるだけのものではない。個人としての経済制裁だって可能なはず。チリも積もればなんとやら、というではないか。
中国の人権弾圧や反日教育が嫌だというなら、中国で作られた商品や中国企業の製品は買わない。北朝鮮の拉致事件が許せないと思うなら、北朝鮮で作られた商品は買わない。多少値段が高くても何でも、別の国で作られた製品を買う。そういう意思表示の仕方は誰でも実行できる。

だから私は、中国産のウナギは買わない (なんだそれ)

逆に、「ここの国を支援したいから、そこの産品を買う」というのもあり。それがコーヒーでもチョコレートでも金貨でも何でもいい。なにも、巨額の寄付をするだけが能じゃない。

ただ、こういう解決策の足を引っ張ろうとする国が出てくるのも、国際社会のお約束。実際、発展途上国に対する投資や経済支援に関して、人権問題や民主化問題にうるさい欧米諸国と、その手の問題を不問に付してくれる中国 (そりゃそうだ。何しろ自国における人権問題や民主化問題がアレだから) を天秤にかけて、後者にすがろうとする国だってあるだろう。
具体的な名前を挙げてしまってなんだけれど、おたくの国はどうなんですか、とスーダン政府に訊いてみたい。


「気の毒だ」「かわいそう」とかいうレベルの話はともかく、貧困問題を解決に向けて前進させることは、テロ対策としても有用なはず。

まず、テロを起こす名目を潰すことができる。面白いもので、テロの実行犯はともかく、黒幕は貧乏人でもなんでもなかったりする場合がある (例 : オサマ・ビン・ラディン)。つまり、この手の金持ちが個人的思想に立脚してテロを起こし、その際に鉄砲玉として貧困にあえぐ人を焚き付けたり、テロの名目として貧困を利用したりする。それなら、貧困問題を解決に向けて前進させることで、テロ行為を正当化するエクスキューズをなくせばいい。

また、国家の経済が発展して基盤がしっかりする、そして国民の生活が安定することで、テロリストが住む場所をなくすことができる。たいてい、テロリストというのは無政府地帯を隠れ家に使い、現状に不満を持つ市民を味方につけようとするものだから。かつてのアフガニスタンがそうだったように。

書き忘れに気付いたので加筆。
テロというのは、単に騒ぎを起こすだけでは無意味で、それによって恐慌を起こして政府の政策を変えさせようと世論が盛り上がる、あるいは「ざまーみろっ」と喝采を送る人がいてこそ、初めて成立するもの。つまり、大衆からの支持、あるいは大衆に対する影響力あってこそのテロリズムだから、それを無意味にすることは、テロに対する間接的抑止になるのでは。


本質的に重要なのは、貧困の問題やその背景を知り、それぞれが自分でできる範囲で何かをすること。はっきりいってしまえば、そのための手段や行動がホワイトバンドである必然性は皆無。ホワイトバンドで中国のシリコン加工業者にカネを落とすぐらいなら… と考えて、別の方法を模索したっていいわけだ。

極端な話、ホワイトバンドを購入して身につけること自体が目的と化してしまい、「ホワイトバンドを買った私って偉いなっ♪」みたいな勘違いをしてしまった日には、単なるお笑い種にしかならない。ヤフオクでホワイトバンドが盛大に売買されているのを見ると、あながち杞憂とはいい切れない。(本稿執筆時点で、「ホワイトバンド」で検索したら 437 件も出てきたぞ…)

まさか、「貧困を救うための唯一絶対の手段がホワイトバンド運動であり、それ以外の方法は認めない。ホワイトバンドを批判するのは貧困に関心がないからだ」なんていう決め付けはしないですよね ? 関係者の皆さん。


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